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手土産のロールケーキ【創作】

職場へ客人が、手土産に大阪「堂島ロール」を持ってきた。

要冷蔵で、かつ賞味期限も今日までだったため、ロールケーキはその日出勤の四名で、いただくことになった。クリームたっぷりの甘さが、ふわふわした生地に包まれたロールケーキ。そんな風に、噂には聞いている。

昼食後だったが、基本頭脳労働だ。何か脳に糖分を送りたいと、ちょうどそう思っていた頃合いだった。

長谷部が、食べる前のパッケージを見て、言う。それは彼女が業務中、書類の誤字脱字を目ざとく見つけたときに出す声に、トーンがよく似ていた。

「見て、箱にこんなことが書いてある。」

“幸せ”を表す白と黄色のまんまる、
“永遠”を表す筒型のロールケーキは、私たちの誇りです。

モンシェール 堂島ロール パッケージより

横から覗き込むと、その下には、こんな英訳がついていた。

Dojima Roll, long and round in shape made with white fresh cream and yellow soft sponge, is our pride.
We wish the rolled cake will bring you "Happiness" for "Eternity".

モンシェール 堂島ロール パッケージより

直訳すれば、

「白い生クリームと黄色くやわらかなスポンジで作られた、長く丸い形の堂島ロールは、私たちの誇りです。私たちは、このロールケーキがあなたに『幸せ』を『永遠』にわたってもたらすことを願っています」

くらいだろうか。自信はない。仲間内ではじめた英語アプリも、そういえばここのところほったらかしだ。

「この英訳……ちょっと気になるなあ。」

口を開いたのは、留学経験のある西川だった。

「直訳そのままじゃないのはいいとして。ちょっと主語が長すぎないか。」

さっさと食べて次の仕事に移りたかったが、「じゃあ西川だったらどう訳すんだ」とお義理で声をかけた。

西川は、「そうだな」と言ったあと、英文を口にした。

"It is our pride that Dojima Roll, long and round in white and yellow, represents happiness and eternity."(白と黄色で彩られた細長い円筒形の「堂島ロール」は、幸せと永遠を象徴していることが、私たちの誇りです。)

「とか?」

相変わらず唇を妙に尖らせた、鼻につく発声だった。それを聞いて、隣で門脇が言った。

「主語が長いのは、解消してるわね。」

そこでひと呼吸おいたが、彼女の言葉が続くだろうことは、その場の皆が予想していた。

「でもそれだと、『幸せと永遠を象徴していること』を誇っている感じになっちゃうんじゃない? our prideはけっこう強い表現だけど……ロールケーキにかかっているべき修飾じゃないかしら。」

彼女は、資料やスライドの仕上げにこだわるタイプだ。出来がよかろうが、とにかく一言文句をつける。

「門脇も西川もうるせえな」と俺は面倒に思っていた。長谷部はいつの間にかいなくなっていた。流しの方へナイフと食器を取りに行ったらしい。あいつはいつも、話題の種だけ残していなくなる。

その場には、ケーキへの期待とは裏腹に、気まずい沈黙が残されていた。門脇が、ノック式のボールペンをカチカチと鳴らしている。

「……じゃあ、門脇ならどうする?」
「そうね。」

"Round and radiant in white and gold, symbolizing happiness. Rolled into eternity - this is our pride."(白と金色で輝きを放つ丸い形は、幸せを象徴しています。永遠へと巻き上げられたこのロールケーキこそが、私たちの誇りです。)

「なんて、どう? スポンジの色としてはYellowよりGoldの方がいいと思うし。」

日本語の言葉遣いこそ嫌味ったらしいが、門脇の英語の発音は西川よりも滑らかだった。

「そこ変えちゃうのかよ。……神戸はどう思う?」

おいおい、俺に振るなよ。学生時代の英検準2級の面接だって、しどろもどろだったのに。

「そうだなあ……。日本語のニュアンスをどう残すかは日本語版書いた人のこだわり次第だけど……。」

さっきのやり取りを思い出しながら、考える。なぜかわからないが、俺は「白と黄色の丸」が幸せを表していて、「筒形」が永遠を表していることが明確にわかるようにしたかった。

"The white and yellow circles mean happiness, and the roll shape means eternity. We put these wishes into Dojima Roll."(白と黄色の円は幸せを、筒型は永遠を表している。私たちはロールケーキにそんな願いを込めています。)

カタカナ英語だったが、そう答えた。

「くらいしか、思いつかない……。」
「わかりやすすぎる感じはあるよな。」
「でも、シンプルに伝わるかもね。」

そんなことを話していたころだった。長谷部がナイフと人数分の皿、フォークを持って戻ってきた。こいつは、議論が一段落したころに都合よく登場することも多かった。

「お待たせ。」

箱を開く。全員が覗き込む。そこで、沈黙。

「……ピンクだな。」

スポンジは、どう見ても黄色ではなかった。淡い桃色だった。長谷部が箱を裏返して見せた。

「期間限定かな? 苺のフレーバーだってさ。」

しばらく誰も喋らない。黄色くないスポンジを見て、西川が言った。

「『幸せ』は消えたな。」
「しかも。」

門脇が顎に手をやりながら、続ける。

「期間限定なら、『永遠』でもないわね……。」
「いや待て。」

俺はフォークを取りながら言った。

「じゃあこのピンクは、何を表してるんだ。」

誰も、答えなかった。

俺たちの心中をよそに、長谷部は、ケーキをきれいに四等分にカットし、さっさと取り分けた。部屋には、各々が皿をフォークでつつく音だけがしばらく響いていた。

ケーキは、美味かった。

俺ははっとして、声をかけた。

「おい、長谷部。」
「ん?」
「お前、最初から苺味だって知ってたろ。」

長谷部は少しだけ笑い、その表情のまま返した。

「さあね。」

彼女は全員の皿とフォークを洗いに、流しの方まで戻っていく。こいつには、こういうところがある。

最初は「さっさと食べて仕事に戻りたい」と思っていた。しかし食べ終わった後も、俺は「ピンクの意味」を考え込んでしまい、かえって仕事が手につかなくなったのだった。



※お話の着想元となったMon cherの公式サイトを、ささやかな出典として添えておきます。


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財布野紐ゆるみ 書いてる人も偉い。書いてないけど考えてる人も偉い。まぶしい。