共感農場【創作】
あなた、さびしい? ふあん?
やっぱり、そうなのね。
じゃあ、その気持ちを土にあずけて。
キョウカンの花を、育てましょう。
あなたが弱れば、弱るほど。この花は、きれいに育つ。
農場主はいつも言う。
「これは、人助けである」って。
* * *
その農場は、街から少し離れた場所にあった。
看板には、かわいらしい丸文字でこう書かれている。
「こころを耕す、やさしい場所」
最初に来たとき、私は少しだけ泣いた。どうしてだったか、理由はわからない。
受付の女性はそれを見て、静かにうなずいて言った。
「いい反応です。」
その一言で、胸の奥がほどけた。最初に渡されるのは、小さな鉢と、黒い土。
「これは『がまんの土壌』と呼ばれています。」
聞いたことのないものだった。説明を求めると、要するに、まだ言葉になっていない感情を混ぜ込む土らしい。
やり方は簡単だった。
毎日、自分の不安や孤独、不快な感情を思い出す。それを紙に書いたら、細かく破いて、土に混ぜる。
すると、一週間ほどで芽が出る。
「きれい。」
淡く、青い芽。光を撥ねながら、透き通ってもいる生命。
「キョウカンの花の、赤ちゃんです。」
職員は、こちらに笑顔を向けて、そう説明した。
* * *
花が育つにつれて、農場は褒めてくれる。
「いいですね、深い『孤独』や、純度の高い『不安』が出ています。」
褒められるのは、久しぶりだった。
会社では、成果でしか評価されない。結果がすべて。
ここでは、その過程も、自分の弱さも、評価された。
それが、こんなにも心地いいとは思わなかった。
やがて、花は満開になる。
透明な花弁の内側に、自分の書いた言葉が、ぼんやりと浮かび上がっている。
「怖い。」
「あの人ばかり、うらやましい。」
「死にたくはない。でも、消えてしまいたい。」
それらが、光っている。私の目が、その光を映している。
「とても、きれい。」
* * *
収穫の日、農場主が現れ、やさしい声で言った。農場のそこここに写真やイラストがあり、見慣れた顔だった。けれど、実際に会うのは今日がはじめてだ。
「あなたの共感は、多くの人を救います。」
花は丁寧に摘み取られ、透明なケースに入れられる。そのまま、どこかへ運ばれていく。その行き先は、教えてもらえない。
数日後、農場に置かれた旧式のテレビに、映像が流れた。職員から、見るようにうながされる。
花束を抱えた、知らない誰かが映っていた。その人は泣いていた。
「このお花に……この言葉に、救われました。」
私の撒いた感情から生まれた、キョウカンの花だった。
私の方に、そっと手が置かれる。
「あなたの『弱さ』が、価値になりましたね。」
職員はにこっと微笑む。
「次のステージに進みませんか?」
差し出されたパンフレットには、こう書かれている。
「より深い共感を育てる、プレミアムプログラム」と。
下には小さく、「一定以上の感情強度が確認された方のみ参加可能」の文字が飾られている。
つまり、選ばれた人だけの、プログラムだった。
料金は、少し高かった。でも、迷いはなかった。だって、ここでなら、私は「必要とされている」から。
* * *
気づいたときには、私は前よりも、少しだけ弱くなっていた。
前よりも、少しだけ不安で、前よりも、少しだけ、さびしくなっていた。でも、それでよかった。そのほうが、花がよく育つから。
農場主は、いつも同じことを言う。
「これは、人助けである」と。
その言葉を聞くたびに、私は少しだけ安心して、そして、もう少しだけ深く沈んでいく。
もう少しだけ。もう少しだけ。
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書いてる人も偉い。書いてないけど考えてる人も偉い。まぶしい。