この売り上げの一部は【創作】
病院入口の一角にある自販機。
光に照らされたボタンの列は、いつ見てもどこか冷たく、無機質に並んでいる。
けれど、僕にとってはその無機質さの奥に、温度がある。
──「この自販機の売り上げの一部は、小児がんの研究・支援に使用されます。」
小さな文字で、ひかえめにそう記されていた。
ドリンクのラインナップは、他の自販機と大差ない。そういう意味では、なんの変哲もないただの機械だ。
でも今は、少し特別な意味をもつ。
飲み物を選ぶ指先が止まり、あの日の記憶がよみがえる。
甥っ子の笑顔。ベッドの上で「あとでジュース飲もうね」と笑った声。
点滴の管に繋がれた、小さな手で缶を持ち上げる姿。病衣の袖が、痩せた腕には大きすぎて、余計に小さく見えた。
結局、最後まで病気には勝てなかったけれど、彼はいつも笑おうとしていた。僕にとってはそれが、何よりも誇らしかった。
だからだろうか。この自販機の前に立つと、僕は自然とあの子のことを思い出す。「ほんの一部」でしかないことはわかっている。僕がここで一本買ったところで、何か劇的に変わるわけじゃない。
けれど、その「ほんの少し」が積み重なって、いつか誰かの助けになるのなら。甥っ子が過ごした時間が、人生の持つ意味が少しでも変わるのなら。
小さな小さな可能性に、思いを馳せるのもよいだろう。
缶コーヒーのボタンを押す。苦いブラックしか飲まない僕を、不思議そうに見ていた甥っ子の顔がふとよぎる。
──落ちてきた缶は、彼が好きだったオレンジジュースだった。
自販機補充の業者さんが入れ間違えた──その程度のことだろう。
しかし、あの子の笑顔が不思議と近くに感じられた。
取り出し口に手を伸ばし、缶を握りしめる。
すると、胸の奥の冷たさが少しだけ溶けていく気がした。
病院の廊下を歩きながら、僕は缶を開ける。甘い味が広がるたびに、甥っ子の明るい声が遠くで響くような気がする。「おじちゃん、また買ってきてね」──そんな声を、勝手に想像してしまうのだ。
今日もまた、一本。明日も、きっと。
できることは小さなことだけれど。
その行動に、僕のこの気持ちが確かに重なっている。
白衣に袖を通し、ポケットに缶をそっと収める。
亡き甥っ子の温もりを探すように。
缶の重みを感じながら、僕は仕事へ戻っていった。
いいなと思ったら応援しよう!
書いてる人も偉い。書いてないけど考えてる人も偉い。まぶしい。