ゼリーになったわたし【創作】
宿題の原稿用紙を前に、わたしは少し迷った。
「物の気持ちになって作文を書く」──何でもいいと先生は言ったけれど、夜になるまで全然決められなかった。
冷蔵庫をのぞくと、目に留まったのはコーヒーゼリーだった。
題材は、これにしよう。
食べ物のなかで、一番きれいだと思ったから。
ぷるんと光を反射する茶色のゼリーに、白いクリームがそっとのっている。
──どうやったら、わたしはゼリーの気持ちになれるんだろう。
ゼリーになったことなんてないのに、わかるわけないよね。
しばらくじっと考えた。
手持ちぶさたな鉛筆が、身体のまわりでいったりきたり。
物からイメージして、特徴をみつけて、「心」を持たせる。
そんな「コツ」を、先生は言っていた気がするけど。
ゼリーは冷たくて、ぷるぷるして、触れたら少し震えるかもしれない。
クリームはやわらかくて、ふわりと香る甘さをまとう...…。
だめだ、色々な気持ちをまとめられない。
お母さんに尋ねてみようか。
普段のお母さんの言葉は、答えになっていないことが多い。
「てんしんらんまんって、どういう意味?」と聞けば、「あなたみたいなことよ」と返ってくる。そんな母。
尋ねると母は、用事をしながら背中で答えてくれた。
「そうねえ。暑いときに食べると、清涼感があるわね。」
清涼感……その感覚に注目すればいいのかもしれない。
ゼリーの表面をのぞくと、部屋の光をやさしく反射している。
見ているだけで、すっと涼しくなれる。
食べると冷たさが広がって、少し元気になる。
気持ちが、ゼリーの中にもあるとしたら。
その感じを、言葉にしてみよう。
ペンを動かす。
「わたしはコーヒーゼリー。
ガラスの器のなかで、ひんやり冷たく光っている。
だれかのスプーンが近づくたびに、ぷるんと揺れて、少しはずかしい。
上にのった白いクリームは、やさしい甘さで見守ってくれている。
いっしょにいると、きっと心がすずしくなれる。
食べてもらえると、わたしは清涼感になって、その人の中にひろがっていく。食べた人がすずしくなった分だけ、かわりにわたしは、あたたかい。」
書き終わって、わたしは窓の外に目をやった。
原稿用紙の上には、わたしの字と、私の生み出したコーヒーゼリーの小さな気持ちだけが残った。
そっと息をつき、ペンを置く。
「もう少しで、涼しくなるかなあ。」
九月の午後。まだ日中は暑いけれど、夜の空気には、もう秋の気配が漂っていた。
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書いてる人も偉い。書いてないけど考えてる人も偉い。まぶしい。