ナロウケイ【創作】
午後三時。公園のベンチで缶コーヒーを飲んでいた俺に、突然声がかかった。
「そこのあなた。」
振り返ると、全身白布の、妙に真面目そうな顔の女性が立っていた。
「……はは……。」
乾いた笑いとともに彼女に目をやる俺。
こんな明るいうちから、コスプレ大会でもあるのだろうか。まるで神の使者かのようないでたち。……そうして見ると、少し神々しいような気もする。
「何かご用ですか。」
「はい。根岸誠さん。──享年35歳。」
相手が自分の名前を知っていること驚きつつ、それよりも最後の言葉がひっかかる。
「──ちょっと、享年って……」
「あなたは死にました。そして、お考えの通り私は大いなる神の使者です。」
そんなもの、ゲームでしか聞かないセリフだぞ。
気が付くと、俺の周りの公園はしんと静まり返っていた。園外にも人っ子ひとり見当たらず、寂しい空間へと様変わりしている。
「こほん。これより、根岸さんは現世からの縁により来世に転生いただくことになります。」
使者の声が、図書館のアナウンスのように真面目ぶって響く。
「つまり、生まれ変われるってことですか。」
俺は、なんで喜んでいるんだ。現世では、死んじまったんだぞ。...…待てよ、俺はどうして死んだんだったかな。
そんなことを考えていると、使者はふうとため息をついて言った。
「あなたは、トラックにはねられて死にました。何故、午後三時に公園にいたかというと──。」
「……ああ、思い出しました。もう結構。」
そうだった。会社で、人員整理によるほぼ解雇通告のような知らせを突然受けて、自暴自棄になった俺は、ふらふらと道路に──。
今になって、背筋から冷たい後悔の念が押し寄せる。
しかし、使者はそんなことはお構いなしだった。
「すみませんね。今、あなたの記憶を削除中なんです。間もなく、生まれてからすべての記憶が失われると思います。」
それを聞き、はっと我に返り質問する。
「待ってください。転生時に、記憶を持ち越すことはできないんですか?」
「できません。転生の儀は、魂への平等な試練。運命を公平に保つための神の配慮なのです。」
かしこまって答える彼女にいらつきながら、俺は続けた。
この不条理な人生が嫌で、逃げるように命を捨てた身だ。来世でも報われないなんてことがあってはたまらない。
俺は缶コーヒーを飲み干し、ベンチから立ち上がった。
「ですが、俺はですね。これでも真面目にやってきたし、悪いことだってしたことはないんです。転生時に何か、サービスみたいなものはないんでしょうか? それこそ、流行りの『なろう系』みたいに。」
「ナロウ、ケイですか?」
小難しい表情で使者は首をかしげる。
「それは、どういうものですか。」
「そうですね……。」
確かに、どういうものと聞かれるとあんまりよく分からないが……。
それでも、聞きかじり程度の知識で回答する。
「来世に記憶を持ち越したり、特別な身体能力を授かったり、特殊な技術やツールなんかが使えたり。そういうやつですよ。」
「……なるほど。」
使者は落ち着き払って、少し間を置いて言葉を紡いだ。
「まず。記憶の持ち越しについてですが、やはりあなたのような凡人にそういった恩恵を与えるのは不適切です。
それから、あなたたち人間は、ヒコウキというもので空を飛んだり、クルマというもので高速に移動したりと、特別な能力をすでに手に入れています。……違いますか?」
「それはそうですけど……。」
たじろぐ俺に、彼女は畳みかけるように続けた。
「『いんたーねっと』やら、『ぱそこん』やら。魔法のような特殊技術、ツールもお持ちだったではありませんか。前世で、あなたが徳を積んでこられたからこそ、現世でその特別な能力を体現できたのかもしれません。
そこで、私からお尋ねしますが──。」
彼女の視線は、はっきりと俺の目をとらえていた。
「あなたの人生は──すでに『ナロウケイ』だったのではないですか?」
俺はごくりと唾を飲む。このあたりから、記憶とともに全身の感覚が徐々に失われていくように感じていた。
手から滑ったコーヒー缶が、からん、と地面を転がる。
使者の声が、風に乗って聞こえてきた。
「現世でよい思いをした分。特段大きな成果を果たせなかった分。そして、みずからの命を投げ出すという罪を犯した分……。来世では、少し現世とは『目線の異なる命』として転生されるかと思われます。」
そうか、それは、申し訳ないことだな……。
記憶を失った来世の俺自身に、皮肉交じりの謝罪の念を送る。
そうして俺の意識は静かに、しかし確実に、遠のいていった。
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書いてる人も偉い。書いてないけど考えてる人も偉い。まぶしい。