あの噴水のまわりで【創作】
町の中央広場にある噴水が、今月末で取り壊されることになった。
老朽化が進み、水の循環もままならず、市は修復ではなく撤去を選んだ。
長年、子どもたちの水遊びや、恋人たちの待ち合わせ、年末のイルミネーションの舞台として親しまれてきた噴水だったが、その役目を終えることになった。
市から撤去の知らせが掲示されると、町の掲示板やSNSには名残惜しむ声が相次いだ。
一部の住民は署名活動を始め、少しでも記憶に残る形で保存できないかと訴えたが、市の方針は固いようだった。
それでも週末になると、自然と人々が噴水のまわりに集まり始めた。
子どもたちは最後の水遊びに夢中になり、大人たちはカメラを手に、思い出話に花を咲かせる。
夕暮れ時、水面に反射する光がまるで過去の記憶を映し出すようで、訪れた人々は、ふとした瞬間に胸の奥が温かくなるのを感じていた。
「そういえば、小学生のころここで鬼ごっこしたな」
「初めて手をつないだのは、このベンチの隣だったわ」
子どもが遊ぶ姿を眺めながら、大人たちは目を輝かせて話し、年配の住民たちは穏やかな表情でそれぞれの思い出を語った。
噴水はただそこにあるだけなのに、まるで人々の記憶を映す鏡のようだった。言葉にしなくても、目の前の水が、それぞれの心の奥に眠る記憶を呼び起こす。
泣き笑い、怒り、小さな後悔や喜び──。
噴水のまわりでは、不思議な時間がゆっくりと流れていた。
* * *
その光景を見守っていた、町のベテラン職員がぽつりとつぶやいた。
「この噴水、やはりなくすには惜しいな……。住民のみんなも、きっとそう思ってるんだろう」
その場に居合わせた町議や市民代表も、その言葉に黙って頷いた。
ちょうどその頃、住民の署名が議会で取り上げられていた。
町としても、予想以上に大きくなった住民の反応に、少しずつ考え直しの空気が生まれ始めていた。
市の担当者は、撤去業者と一度話し合いの場を持ち、工期の一時延期を打診した。
「実は今、保存を求める声が多くて……。完全撤去ではない別の形を検討していて」
業者は少し驚きつつも、柔軟に対応を約束してくれた。
* * *
「水はもう流れないけど、花なら……」
集まった住民たちの中から、そんな声がふと上がった。
かつて水をたたえていた場所に、色とりどりの花を植えてみたらどうか。
誰かの小さな提案が、静かに広がっていった。
しばらくして。
町の広場では、住民たちの手で噴水のまわりが整えられていた。
中央には、シンプルな既製品の時計が据えられ、まわりを囲むように赤や黄色、紫の花々が植えられていく。
──さすがに、時計そのものを花で描くような大掛かりなものにはできなかったが──花で飾られたその様子は、まるで手づくりの花時計のようだった。
かつて水が流れていた場所に、風にそよぐ花が咲き、時計の針が静かに時を刻む──水も時間も、形は違っても、どちらも止まることなく流れていく。
だからこそ、噴水が担っていた「流れ」を、今度はこの時計が受け継ぐことになったのかもしれない。
子どもも大人も、手を泥だらけにしながら土を耕し、花を植え、笑い合いながらその空間をつくっていく。
特別な技術があるわけでもなく、時計もどこにでもあるようなものかもしれない。
それでも、ここに集まった人々の記憶や想いが重なって、どこにもない花時計ができあがっていった。
* * *
花時計完成の日。
住民たちが最後の花を植え終えたころ、広場の時計の針が静かに時を刻み始めた。
それは偶然にも、もともと噴水の撤去工事が始まるはずだった時刻だった。
花時計の縁に、そっと手を置く人の姿があった。
昔の自分や、過ぎた日々の感覚が、ふと蘇る瞬間がある。噴水は形を変えたが、町にとっての記憶の灯台として、静かに時を刻み続ける。
そして、誰もが知っていた。
次の季節、この広場にはまた笑い声が響き、新しい記憶がこの場所に重なっていくことを。
町の中心では、赤や黄色の花が風に揺れていた。
その傍らで、時計の針はゆっくりと時間を運んでいく。
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