掛け軸裏の世界【創作】
年の瀬、薄く雪の積もった庭の奥で、風が竹を鳴らす音がする。祖母の家は古風な日本家屋で、廊下を歩くと畳が軋む音がするほどだった。
「健太、こっち手伝っておくれ。」
祖母の声に、健太は正月飾りの松を置くのをやめて座敷へ向かった。座敷では、祖母が古い桐箱を開けていた。中には、丁寧に巻かれた掛け軸がいくつも収まっている。
「これが冬の掛け軸。雪景色の水墨画。お正月の間は、これがいいね。」
今までかかっていた秋の掛け軸は、紅葉と鹿の絵。祖母がそれを丁寧に巻き取り、健太に手渡す。
「これ、裏に秘密の通路があるやつ?」
健太がふざけて言うと、祖母はくすりと笑った。
「そうねえ、そんな家もあるかもねえ。」
健太は幼い頃、テレビの時代劇で見た「掛け軸の裏の隠し通路」に胸を躍らせ、この座敷にもあるのではと何度も探したことがあった。
——もちろん、もう昔の話だ。
新しい掛け軸をかけ直すと、不思議なことに部屋の雰囲気が変わった。障子越しの冬の光が、水墨の雪と共鳴して、部屋全体の静けさが増したようだった。
「ほら、欄間からの光も、少し違って見えるでしょう。」
祖母がそう言うと、健太は欄間を見上げた。彫られた松の意匠が、かすかな影を畳の上に落としていた。
「不思議だね。絵をかえるだけで、空気も変わった気がする。」
「家も生きてるからね。こうやって季節ごとに手をかけてやると、家も呼吸をしやすくなる。」
祖母のその言葉が、健太にはなんとなく分かる気がした。今ではもう使われていない床の間の奥で、まるで、別の季節への扉が開いたかのようだった。
健太は掛け軸の下に手を伸ばし、そっと裏をめくった。
もちろん通路などあるはずもない。
それでも、雪の日の朝に鼻を通り抜ける、冷たい空気を一瞬感じた気がした。
健太は掛け軸を元に戻し、息をのんで座敷の中央に正座する。そして、静かに掛け軸を見つめた。
「……昔はね、本当にそこにあったのよ。」
祖母の笑うような少し遠いような声に、えっ、と声をあげる。しかし、祖母はすでに台所の方へ歩きはじめていた。
外の雪も、欄間の影も、ほんの少しだけ柔らかく、確かに変わって見えている。掛け軸の裏に続く通路は、今も息をひそめているようだった。
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