余ったほう【片想い文芸部 / 間違いさがし】
双子の兄と俺は、だいたい同じ顔をしている。兄の新と、弟である俺、航。スマホの顔認証は両方通るし、母親ですら、後ろ姿だけだとたまに間違える。
高校に入ってからは、もう訂正するのも面倒になった。
「どっちだっけ?」と誰かに聞かれたら、その日の気分で兄になったり弟になったりした。
それくらいの違いしかない。
俺たち兄弟にとっても、他人にとっても。
* * *
それは、不思議な感覚だった。
その女子だけは、最初から間違えなかった。クラス替え初日、廊下ですれ違ったとき。
「弟くんのほうだよね。」
普通の声だった。そう言って笑った拍子に、前髪を耳にかけた。額がきれいに出て、その仕草だけ妙に印象的だった。
どうしてわかるの、と聞くと、「なんとなく」と笑った。なびく黒髪と、きれいなおでこ。はじめて意識して、その女子の名前を覚えた。彼女は、東奈緒といった。
俺と彼女は、同じクラス。兄は、別のクラスだった。
学年に顔のよく似た双子の兄弟がいる、という話くらいは伝わっていたのかもしれない。
兄はこの話を俺がしたあと、「適当言ってるだけだろ」と言った。
俺も、そう思うことにした。
* * *
席替えで席が近くなってからは、東とクラスで気軽に話せる機会が増えた。次の授業や宿題について。最近聞いてる曲や、ハマってるコンビニ菓子について。そんな話が多かったけど。
「この間、お兄さんと一緒にいるのを見かけたよ。」
そんなことを言っていた日もあった。兄とは、クラスが違ったが、たまに話すことがあった。教科書の貸し借りや、どちらかが忘れた弁当を届けたりといった、そんなタイミングで。
兄の新は、昔から要領がよかった。テストの点もそこそこ取るし、部活でも目立つタイプだ。俺はその逆で、つまらないことを考え出すと、わりと長く引きずる。
でも新は、俺のそういうところを羨ましいって言ったことがある。「おまえは、ちゃんと自分で決めてる感じがする」って。
その意味は、よくはわからなかったけど。
「お兄さんに、教科書渡してたね。」
教科書を貸したときだ。彼女は、「渡した」のが俺だということを、ちゃんと理解してくれている。似た顔が並ぶときでも、彼女だけは俺を見分けた。その事実が、勝手に意味を持ちはじめる。
そのことがどこかうれしくて、趣味でつけていた日記アプリに、彼女との会話のログを残すことが多くなった。
「兄と違う」。それに気づく人がいる。いつしか俺は、帰り道の自転車で、彼女のお気に入りだという曲を口ずさむ日が増えていた。
* * *
文化祭まで、あと二週間だった。
クラスの出し物が終わったあと、少しだけ校内を回らないかって、誘えたらいいと思っていた。
日記アプリのメモには、そんな予定だけが、まだ誰にも見せていない下書きみたいに残っていた。
誘うとしたら、カフェか、演劇かな。まあ、他の友達と予定が入っていたらアウトだし、あまり期待もしていられない。それでも、普段と少し違う雰囲気の中を隣で歩くことを考えるだけで、頬が緩んでしまう。
けれどそんなある日、兄がふと、東のことを口にした。
「東さんって、甘いカフェオレ飲めないんだろ。」
そう言った。俺と東がたまに話す仲であることも、新には話した覚えはない。どうして知っているのか気になったが、そのときは聞けなかった。
* * *
兄はそのとき、風呂に入っていた。
ふと、兄のスマホを手にとった。別に、自然な流れだった。ゲームアプリを触ったり、入れてる漫画アプリを見せてもらったりすることは、たまにあった。
顔認証は、変わらず通る。
そのとき、メッセージがふと入った。
──今日、話せてよかった。無理しないで。
通知のあった発信者の名は、見知ったものだった。東奈緒。俺を見分ける、唯一の女子。
名前を見かけてどきっとした。違和感が俺の手の動きを止める。しばらく経って、手にしているのが自分のスマホでないことに気がついた。
──ああ、そういうことか。
それだけ思った。
* * *
文化祭準備の日、新は珍しく俺のクラスに顔を出した。人手が足りないらしくて、隣のクラスから何人か借りることになったらしい。
「あんたたちだったら、別にどっちでも一緒でしょ。」
クラスのひとりの女子が、そんなことを言って茶化した。どうせ見分けられない奴に、何を言われても気にもならない。
新は、俺の代わりみたいな顔で自然に輪の中へ入っていた。俺が座るはずだった脚立に、いつの間にか先に腰かけていた。
東もそこにいた。手作りの看板に絵の具を塗りながら、新と何か話していた。
遠目でもわかった。東は、新を見ていた。それでも新は、なぜかときどき俺みたいな笑い方をしていた。
そのたびに、胸の奥で何かが傾いた。文化祭が近づくほど、俺の予定だったはずの時間が、少しずつ新のものになっていく気がした。
* * *
それから、少し胸の中だけが騒がしい日々が続いた。文化祭まではあと少し日があったが、準備が面倒なだけのイベントなんて、さっさと終われと思っていた。
前に書いたのはいつだったか覚えていない、スマホの日記アプリを開く。
そこに、誰にも言えない感情を、ぽつぽつとこぼした。
なんで新なんだろう。
見分けていたのは、俺ではなく、兄貴の方だった。
俺は、似ているふたりの、余ったほうだった。
メモの更新日付は、意外と最近だった。一度消したと思っていた文章が、下書き保存されていて、もう一度それを消した。
あまり日が経っていないはずなのに、やけにカレンダーの進みは早く感じていた。
* * *
次の日、廊下でばったり会った。俺の目を引く、黒髪とおでこをもつ彼女に。
学期明けの席替えで席が遠くなってから、クラス内で話せる機会は減っていた。いつもみたいに軽く挨拶するか、顔も合わせずにやり過ごすかで迷う。けれど俺は、そのどちらも選ばなかった。
勝手に湧いた感情が、許してくれなかった。
「なあ。東ってさ、兄貴と……新と付き合ってんだろ。」
言ってから、少し強い言い方だったかもしれない、と思った。彼女は少し眉に皺を寄せた。感情の動きがあったときと、目をこらしたときの中間くらいの身体活動。彼女はこちらを見たまま、しばらく黙った。
「……私は、あなたたちふたりを間違えない。」
それは、答えになっているようで、なっていない。
「それは、知ってるけど。」
「あの人は、私に声をかけたとき、『航』だって名乗った。」
航は、俺だ。
わからなかった。兄は、新のはずだった。その名前を、名乗る意味がわからない。日記アプリを開いたときの、違和感が遅れて追いつく。
「最初は冗談かと思った。……でも、そのままにできなかった。」
彼女はそう言い残して、廊下の向こうへ歩いていった。黒い髪が、また揺れる。
* * *
家に帰ると、新はまだ帰っていなかった。
文化祭の、新のクラスで使うらしい模造紙やペンが、机の上に散らかっていた。その隙間に、ちぎられたメモ用紙が挟まっている。
なんとなく目に入った文字を見て、足が止まった。
──東は、最初から俺を見分けてた。
新の字だった。
その言い回しに、覚えがあった。俺が前に自分のスマホで、日記アプリへ打ち込んで消したはずの文章と、ほとんど同じだった。
机の端に、三回くらい折って開いた跡が残っていた。読まれた紙みたいに、やわらかく波打っている。
兄と自分は、遺伝子レベルでほとんど同じはずだった。紙にそっと触れてみても、そこに残っていたのは、俺じゃないほうの温度だった。
※以下の企画に参加させていただきました。
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