風とステージと列整理【創作】
「霜月もバイトやるか? テレビ局のイベント。」
同じゼミの男子に声をかけられ、イベントの派遣バイトをはじめた。
舞台裏を覗けたり、有名人に出会えたり──そんな楽しい期待を胸にしていたのに、実際はポスター貼りと客の列整理ばかり。
屋外の広場に特設ステージが組まれ、周囲には飲食ブースや雑貨屋台が複数並んでいる。青空の下の広場には、これでもかという人の波。
もうイベントも四日目だ。作業感の強い作業ばかりの毎日に、私は正直うんざりしていた。
たまの休憩に向かう途中でも、迷子を見つければインフォメーションまで案内をし、よその作業班につかまって、物資を運ばされることもしょっちゅう。行ったり来たりでへろへろだ。
私を誘った男は今ごろ、舞台でそれはそれは重い機材を運ばされていることだろう。けっ、ざまあみろ。
列整理の最中には、隣の店主から「隣の店の列が邪魔だ!」と文句を言われ、今度はお客のおばさんから「車椅子の人を助けろ」と詰め寄られる。
確かにスタッフの一人ではあるけれど、私の持ち場はここだ。
「最後尾はこちら」と書いたプラカードをただ持って立つだけという重大な使命がある。そしてそれ以外の責任を背負い込める立場ではないのである。
結局そういったトラブル時には、通りがかった別チームのスタッフに引き継いだが、心の中では毒づいていた。
──スタッフじゃなくたって、困ってる人のサポートは誰だってできるだろうに。あと、列を作る客は立ち位置を考えて並ばんかい。
交通費は往復500円までしか出ず、それ以上は働いた時給から引かれる立場の派遣アルバイトが、全員の期待に応えられるわけがなかろう。
──あーあ。やんなっちゃうな。
そろそろ、両手も疲れてきた。
不良っぽい同僚はごみ回収のふりをして駄弁っているし、持ち場を離れて戻ってこない奴もいる。そんな現実に直面していると、この仕事が今後「人生に役に立った」と言える日が来る気配はなさそうだ。
交代の時間。
プラカードを下ろし、やれやれと凝った肩と腰をさすっていると、派遣仲間の先輩女子に声を掛けられた。
「お、霜月ちゃん。ちょうどいいとこにいたね。こっち来てみなよ。」
案内されるままブースの裏に入ると、通路はビニールシートで覆われ、外のざわめきが少しこもったように聞こえた。なんだなんだ、と足音を忍ばせながらも、急ぎ足で進んでいく。視界は暗く、湿った空気に木材や機材の匂いが混じる。
その先で、視界がぱっと開けた。
スタッフしか知らない通路を抜けると、屋外の広場が見下ろせる高い位置に出られた。目の前には、まぶしく照らされた開放的なステージ。
色と音に彩られて、まるで別世界かのような錯覚を覚える。
そこから見えたのは、ちょうどステージに立っているアーティストの姿。しかも、清涼飲料水のCM出演中で、今まさに活躍中の人。
「わっ。私、気になってたんだ。この人!」
煌めくライト、客席の歓声。よく通る力強い歌声が会場に広がっていた。
「大迫力ってわけじゃないけどさ、悪くないでしょ? 役得だよ。」
先輩が笑う。
私は頷き、夢中でステージを見つめた。いつの間にか先輩とはしゃぎながら手を振っていた。休憩時間が少し長くなってしまったけれど──その瞬間、胸の中には、確かにきらめきがあった。
イベントの仕事で、一番心が躍った経験。
あとから思い出して「よかったな」って思える一コマに、きっとなる。
熱気にあふれる風が、私たちふたりの後ろを勢いよく駆け抜けていった。
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書いてる人も偉い。書いてないけど考えてる人も偉い。まぶしい。