周回遅れ【創作】
宅配便の不在票を見た瞬間、嫌な予感がした。差出人は実家の父だった。しかも、重量欄に「二十五キロ」と書かれている。
電話をかける。
「何送ってくれたの。」
「米。」
でしょうね、と私は言った。
「そっち、米高いだろ。」
「高いけど、荷物送る前に私に確認してっていつも言ってるでしょ!」
善意はありがたいが、重量級の荷物を断りもなく送りつけてくるのをやめてほしい。
電話を切り、以前のことを思い出す。あのときは、スリッパがなくて困ると雑談混じりに話しただけだった。よかれと思って送ってきたのは母のスリッパだった。サイズも素材も、なにもかも求めていたものと違う。
父は昔から、少しずれている。急な荷物は置き場所を考える必要もあるし、事前に確認してくれれば、他に一緒に実家から送ってもらいたいものもあったのに。
ため息をつきながら、私は不在票にあった番号に電話をかけた。
* * *
再配達で届いた段ボールを開けると、中から大きな袋が出てきた。袋を開けると、ぬかの強い匂いがむっと鼻につく。
違和感に耐え切れず、再度父宛てに電話をした。
「……これ、いつの米?」
電話越しに、少し間が空く。
「ああ、四年前くらいかなあ。」
「四年前!?」
思わず袋を見直した。四年前だった。
大学に入る前のころの米。つまり私が実家にいたときから、大学卒業間近の今の今まで、ずっと眠っていたということだ。
「食べられるの!?」
「食べてるよ。」
「ほんとに!?」
「まあ、不味いからたまにパックご飯も食べるけど。」
「食べてないじゃん!?」
「いやでも、炊くときに酒とオリーブオイルを入れてだな、臭みをとれば……。」
いや、その前に。今年から三年前までのお米がなぜないのか。
父と母は、どうやら新しい米から食べていた。父いわく、先導していたのはどうやら母のようだ。
「古いと美味しくないでしょ。」
「それもそうだな。」
そんなやりとりが、目に浮かぶ。思えば母も、昔から少しずれていたかもしれない。
古い米は「そのうち食べる」枠として積まれ、そのまま時間だけが過ぎていく。もったいないから捨てることはしない。「そのうち食べる」をずるずると後回しにしてきた結果、そのツケを私が払う羽目になったのだ。
意味がわからない。
「普通、古いのから食べるでしょ!」
「だって新しい方が美味いから。つまり、お前が言いたいのは、新しい米が食べたいってことか?」
「そういうことじゃないでしょ!」
電話の向こうで、母が笑う声がした。
「捨てるわけにはいかないもんねえ。」
もったいないの規模がおかしいし、もったいないから先に食べるんでしょうが。
* * *
古い米が家にある理由は、そんなに複雑なものではない。父の実家、田舎の土地。農家の知人に貸し出されているその場所で、その米は作られていた。
固定資産税を父が負担しているので、せめてその代わりにと、年貢米のごとく送られてくる米。今年も、一昨年も。その時点では「一番新しいお米」が届いていたのだ。
しかし、食の細くなった両親と、もともとそんなに食べない私では、近年送られてくる量に、食べる量が追いつかなかった。
いつしか倉庫に米が貯まり、そんな中で私がひとり暮らしをはじめていなくなったものだから、余計に在庫は膨れあがった。
──なんで送ってもらうのを断るか、代わりに現金で払ってもらうかにしなかったのよ。
そう思ったが、それは父には言わなかった。
田んぼは手を入れないとすぐに荒れる。土地の面倒を見てもらっているだけでありがたい。そう言っていた父の横顔を思い出した。その相手に、「もう送らなくていい」と言うのが心苦しかったのだろう。
父には昔から、そういうところがある。
* * *
お米がある。ご飯が食べられる。このご時勢、こう書けば少し贅沢な話に聞こえるかもしれない。
でも、スーパーで「備蓄米放出!」と書かれたチラシを見るたびに私の胸はざわつく。
古米に、古古米か……。こっちはそれよりも古い、それよりも重いお米を食べてんのよ。
そこから卒業までは、戦いだった。古い米を、やっつけるための戦い。就職が決まっていたのが幸いだった。大学にも必死で通う必要はない。
そのまま炊くと、やはり匂いが強い。お酒は多めに入れる必要があるし、新米と混ぜて炊いてもまだ味が古かった。
大学の友人を家に呼んでは、米料理を振舞った。濃い味付けをして、古さを感じさせないようにごまかして。
そうすると、意外と味は悪くなかった。喜ばれたし、パエリアとドリアの味付けのレパートリーが増えたのは、思いがけない副産物的な特典だった。
実家に戻ったときも、パックご飯を開けようとする母を制し、古古古古米でカレーを作ったり炊き込みご飯を炊いたりした。
「お! 意外と食えるな。」
「あら、食べれるわね。」
両親は口をそろえた。美味しい、と言うにはどうやら米が古すぎたようだが、ふたりともいつもよりたくさん食べてくれたと思う。
うれしかった部分もあるけど。四年前と告げずに送りつけて、私に一杯食わせようとした彼らの贖罪だと考えると、微妙な気持ちだった。
そんなこんなで、ようやく四年前の米を食べきる目途が立った。
私の、高校卒業から今に至るまでの時間を実家で過ごしたお米。さかのぼるように食べていったお米。時間の向きは少し変だったけれど、万感の思いが私の胸に灯った。
* * *
三月も、もう終わりが近付いていた。実家にあった袋も、これで空だ。洗ったお米をセットして、炊飯器の蓋を閉めながら、私は言う。
「大変だった~。でもこれで、来年からは新米を食べることができるわけね。」
もちろん、田舎から送られる量が多いなら、すべてを食べることはできないかもしれない。でもそのときは、親戚に配ったり、知り合いに持たせたりして、無駄が出ないように気を付ければいいだけだ。
「そうねえ。」
母もそう言っていたが、歯切れが悪かった。お米をそんなに食べない人だし、もしかするとお米を送ってもらうのもやめてほしいのかもしれないな。
食後、気が付けば父の姿が見えなかった。お茶を淹れにいっていると思ったけれど、それにしては時間が長い。
「お父さんは、どうしたんだろ。」
「さあ? 鍵を出してたから、庭の方かも。」
少し前に、倉庫の奥を覗いて「だいぶ減ったな」と笑ってくれていた父の顔を思い出す。さすがにあのお米以外の食料品は、たぶん置いていないはずだけど……。
あの満足そうな顔に、違和感を覚える。昔から父は、ずれているからだ。
案の定というか、しばらくして勝手口の向こうから現れた父は、大きな袋を抱えていた。
「……それは?」
父はその重量感のある袋を、床に置いた。このとき私は、白目になっていたかもしれない。だって、見覚えのある袋だった。
「これな。」
父は、妙に堂々としていた。
「六年前の。」
音が途絶える。しばらくして、炊飯器がしゅうしゅうと蒸気を吐き始めた。私の春は、たぶんまだ遠い。
いいなと思ったら応援しよう!
書いてる人も偉い。書いてないけど考えてる人も偉い。まぶしい。