さよならの放送室【創作】
うちの小学校では、5年生からは何かの委員に所属しないといけない。
放送委員なんて、最初はまったくやる気なかった。風邪で休んでる間に、学級会で勝手に決まっていた。
委員表に名前が載ってるのを見て、「え?」って声が出たけど、やってみたら、意外と悪くない。
当番にあたった日は、給食の時間、放送室に行き、クラスの違う放送委員のやつらと一緒に音楽を流したり、「本日の献立」なんて読んだりする。
掃除当番の時間も放送室にいるから、正直かなりラク。それに、となりの職員室から余った給食をもらえるのも、ちょっとした特典だ。
まあ、朝イチの放送を流さなきゃいけないのがちょっと面倒かな。
* * *
放課後、下校の放送までのあいだ、俺は宿題を広げて時間をつぶしていた。
夕暮れの中、校庭に残った数人がドッジボールなんかしているのを窓越しに眺めながら。
誰もいない放送室は静かで、少し古い机にノートを広げていると、ちょっとした秘密基地みたいな感覚だった。
今日同じ当番の6年生は俺に任せて帰っちゃったけど、別に誰かが残ってりゃ委員の先生も文句は言わないし、自分にとっても、普段話さない上級生がいないのは気が楽だった。
そのとき、放送室のドアが静かに開いた。入ってきたのは若い女の先生だった。たぶん、隣のクラスの担任。名前は……確か、田中先生?
「あ、ごめん。誰かいるかなって思って。……宿題してたの?」
「うん。放送、まだだから。」
「そっか。えらいね、こんな時間まで。」
先生は柔らかく笑って、隣にあった折りたたみ椅子に腰を下ろした。どこか元気がなさそうで、目の下には少しクマができていた。
しばらく沈黙があったあと、先生がぽつりと言った。
「……あのさ、このあとの下校の放送、やらせてもらってもいい?」
「え?」
「昔、放送部入りたかったけど、入れなくて。──ちょっとやってみたかったの。」
ちょっと迷ったけど、先生が言うんだから、断る理由もなかった。
「いいよ。でも、これ通りにやらなきゃダメなんだ。順番、決まってるから」
俺はラミネートされた「放送手順」の紙を手渡した。先生はそれを見て、うなずいた。
「曲はここで流す。で、このスイッチ入れたらマイクがオンになる。」
「うん、ありがとう。」
放課後のチャイムが鳴る。
鳴り終わってからが、放送委員の仕事だ。
俺がCDをセットして、スイッチを押すと、校内にいつもの下校の曲が流れはじめた。先生は少し緊張した顔をして、マイクに向かって口を開いた。
「下校の時刻になりました。学校に残っているみなさんは、車に気をつけて帰りましょう。みなさん、さようなら。」
その声は、思った以上にきれいだった。ラジオのアナウンサーみたいで、音楽とぴったり重なって、ちょっとした映画のワンシーンみたいに聞こえた。
放送が終わり、スイッチをオフにすると、先生は小さく「ふふっ」と笑った。
「...…なんか、気持ちよかった。ありがとね。」
「うん。」
とっても上手かったよ、と心では思ったが、なぜか言葉が出てこなかった。
宿題を手提げにまとめてから、田中先生と一緒に放送室を出て隣の職員室の前を通るとき、理科の先生に呼び止められた。
「さっきの放送、田中先生が読んでいましたね。何かあったんですか。」
ちょっと迫られるような感じだった。でも、田中先生が話す前に俺が口をはさんだ。
「今日俺、のどの調子悪くて。……先生が、助けてくれたんです。」
「ああ、そうか。よかったな。」
それっきり、誰も何も言わなかった。
田中先生は、職員室に戻る際にこちらを振り向いてにこっと笑顔を見せた。
俺はそれをみて、なぜか胸の奥があたたかくなった。
* * *
田中先生は、その後もしばらくは学校にいた。
でも、学期が変わって間もなく、「一身上の都合で退職されることになりました」と、ある日の全校朝礼で伝えられた。
最後の日の放課後、放送室に行くときに職員室を覗いてみたけど、先生はいなかった。
俺はCDを入れて、放送の準備をした。下校の曲が流れ出す。いつものようにスイッチを押し、マイクの前に座る。
「下校の時刻になりました。学校に残っているみなさんは、車に気をつけて帰りましょう。みなさん、さようなら。」
頭の中で、同じセリフが別の声で重なるのを感じた。
先生みたいには綺麗に読めないけど。
あのときの、笑った先生の顔が頭に浮かんだ。
放送室の窓の外、夕焼けが少しだけ赤く光っていた。
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