ひとつだけの羽【創作】
空と海が、今よりもまだずっと澄んでいたころ。この島には「まほろば鳥」と呼ばれる種族が住んでいた。
彼らは、生まれながらにして一羽につき、ただ一色の羽を持つ。
ある個体はきらめくような黄色。ある個体は燃えるような赤。そしてある個体は、自然に溶け込む緑。個体によって様々な羽色を持つ鳥だった。
その色は何千、何万あるとも言われており、同じ色の鳥はふたつとしていない。
そしてまほろば鳥は、仲間同士で友好の証として互いの羽を一枚ずつ交換し、差し色として自身を飾るのが習わしだった。
羽色が多い個体ほど、美しく、羨望を集め、ついには繁殖にも有利になる。若鳥たちの中には、羽を交換し合い、色とりどりの自分を作り上げようと躍起になる個体も多かった。
──オスのまほろば鳥、リプカもその例にもれない。
彼は、自身が元々もっていたブルーの羽の多くを交換に使い、代わりに得た羽で、色彩豊かな身体を手に入れていた。
色を多く持つ個体は、他の同種のまほろば鳥との交友関係が広いことも意味する。仲間同士での助け合いや、情報共有。様々なところで羽の多様さが意味を持つ環境だった。
まほろば鳥として生まれた以上、羽の交換をしないなんてばかげている。リプカは、そんな風に思っていた。
しかし、幼馴染のメス鳥のウイネは、幼いころから羽の交換に興味がなかった。
「わたしは、この色で十分だから。」
そう静かに言って、彼女は生まれもった色のまま空を飛ぶ。
リプカは、そんなウイネをよくからかった。
「そんなんじゃ目立たないし、見向きもされないよ。色が地味な鳥は、子孫なんか残せないさ。少しは、自分を飾ったらどうだい?」
ウイネは困ったように笑うだけだった。彼女のグレーの羽色は、まほろば鳥の中でも特に、しっとりと大人しい色だった。
リプカは若くして人気者だった。彼が羽ばたくたび、集めた鮮やかな羽がきらめき、仲間たちはみな羨ましがった。
リプカは誇らしかった。
「こんなに色を持った鳥なんて、そうはいない。ぼくは特別なんだ。」
しかしある日、その「特別」があだとなった。
島を調査していたニンゲンに見つかってしまったのだ。
「ここまで多数の色を持つまほろば鳥は、極めて珍しい。」
鼻息を荒くしたニンゲンのふるった網が、水辺で休んでいたリプカの体をとらえる。
リプカはあっと言う間に、森の外れの小屋で、吊されるように置かれた。羽を毟るためなのか、売り物にするためなのか、彼にはわからない。
空を見つめ、リプカは小さくひとつ、さえずった。恐怖はもちろんある。ただ、彼は確信していた。
──これまでぼくは、たくさんの友達に羽を分けてあげた。とびっきりきれいな、自慢のブルーの羽だぞ。恩のある彼らが、いまに助けにきてくれるはずだ。
……だが、しばらく待っても誰もやってこない。
縛られた足が、しびれてきているようだ。風が吹くたび、多様な色の羽がかすかに震える。
──もう少し待てば、きっと何羽かは、やってくるだろう。
……だが、いくら待てども、誰も姿を見せない。
夕暮れがあたりを包みはじめ、ニンゲンが戻ってくる時間がそこまで迫っているように感じていた。胸の中で、不安がじわじわと広がっていく。
──もう待てないぞ。なぜ、一羽もぼくを助けにこないんだ。
はるか遠くから、ニンゲンが近づいてくるのが、彼の目にもうっすらと映った。
──どうしてだよ……ぼくは、あんなに羽をあげたのに……。
視界が薄くなっていった、そのときだった。目の前を横切る、影がひとつ。
気がつくと、足の拘束は解かれ、自由になっていた。ふらつく身体ではばたき、前を先導する影に続く。
「こいつ! 仲間を逃がしやがった!」
ニンゲンが地団太を踏む音が聞こえる。まだ、目がよく見えないが、同種の友達が助けてくれたのか。ああ、なんてありがたいことだ! リプカは、前を飛ぶ仲間に深く感謝した。
森を抜け、淡く光る月にグレー一色の羽が照らされる。ここでようやくリプカは理解した。……彼を助けてくれたのは、幼馴染のウイネだった。
光を取り戻したリプカの目に、一瞬彼女の羽が銀のように美しく輝いて映る。彼女は隣で空を泳ぎながら、リプカに対して、怒ることも、責めることもしなかった。
「行くのが、少し遅くなったわ。夕闇にまぎれた方が、捕まらないと思ったの。」
「……どうして、来てくれたんだ。」
震える声でリプカが問うと、ウイネは少し困ったように笑った。
「……あなたの羽の色、わたし、昔から好きだったから。」
リプカは初めて気づく。鮮やかな差し色に覆われた自分の身体。そこに、生まれ持ったブルーの羽は、顔の周りにほんのわずか程度にしか残っていなかった。
その色を、ウイネはそっと見つめていた。
帰り道、リプカはようやく言葉を絞り出した。
「ウイネ……ひどいことをきみに言って、ごめん。そして……助けてくれて、ありがとう。」
ウイネは首を横に振った。
「あなたが助かったのなら、別にそれでいいから。」
リプカは、胸の奥が痛んだ。友達だと思っていた鳥たちは、一羽だって助けにこなかった。それに引き換えウイネは、危険をおかしてまで自分を助けにきてくれた。
自分が今までどれほど薄っぺらい「色」にしがみついていたか、ようやく分かった。色が多いほど、友が増えたと思っていたけれど。心は、ひとつも結ばれていなかったんだ。
「ねえ、ウイネ……僕はこれから、集めてきた羽を全部返していこうと思う。……自分の、本当の羽色に戻りたいんだ。」
ウイネは、目を瞬かせた。
「全部返し終わったら……ブルーの羽に戻ったら、そのときは——」
リプカは深く息を吸った。
「きみに、一枚だけ、ぼくと羽を交換してほしい。
それ以上、色はいらない。」
ウイネは驚き、そして静かに微笑んだ。
夜明け前の空、ふたつの影が寄り添うように並んでいた。
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書いてる人も偉い。書いてないけど考えてる人も偉い。まぶしい。