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記憶の色と万華鏡【創作】

その万華鏡は、祖母の遺したものだった。
古ぼけた木箱にしまわれ、誰にも見せず、ただ少女にそっと手渡された。

「これはね、もう終わってしまったものに、美しい『記憶の色』を映すのよ。
 ──ただし、ひとりにつき三度までしか、見ることはできないわ。」

そう言って、祖母は静かに笑った。

少女は両親が共働きで、よく祖母に預けられていた。

黙ってひとり遊びをするのを不憫に思い、祖母がついてくれた「優しい嘘」なのだろうと、その話を真に受けていたわけではなかった。

しかし子供の目からみても、その古びた万華鏡は、どこかまぶしく輝いて見えていた。

* * *

秋の午後。少女は森の小道をひとり歩いていた。木々の枝はすでに裸で、赤や黄に染まった葉は、もうほとんどが地面に散っていた。

学校で、仲の良かった友人と喧嘩した帰り道。
ほんの些細なことで、気持ちが深いところに沈みこむ自分に嫌気がさす。

枯れた葉はくしゃくしゃに乾き、茶色く、風に追われて転がっていく。
──少し、さみしい光景だった。

少女は立ち止まり、ポケットからあの万華鏡を取り出す。金属の縁がところどころ擦り切れている。でも、レンズは澄んでいて、不思議な透明感があった。

彼女はこれまで覗いたことのないその万華鏡を、ふと足元の枯れ葉へ向けた。

その瞬間、視界がふわりと変わった。

枯れ葉の上に、かつての記憶が舞い戻るように──。
色とりどりの紅葉が現れた。

真紅、黄金、深い橙。色と色の、橋渡しをするグラデーション。

風にゆれる木々の枝、光を透かす葉脈、まだ枝にとどまる「生」の輝き。

「……わあっ。」

少女は思わず声を漏らした。

目の前には、もう終わってしまったはずの秋が、まるで今そこにあるかのように、鮮やかに広がっていた。

それは現実ではない。でも、確かに「かつてあったもの」だった。

少女は、祖母の言葉を思い出していた。

──終わってしまったものに、美しい「記憶の色」を映す──。

少女は万華鏡をそっと外す。
視界には、ただの枯葉と冬の気配。
でももう、それが寂しくはなかった。

* * *

二度目に万華鏡を覗いたのは、それから数年後のこと。
彼女はこのころには髪も伸び、大人びた顔立ちになっていた。

長年住んだアパートの取り壊しが決まり、引っ越し前に荷物を整理しながら、ふと祖母の万華鏡を手に取った。

彼女には、この家に、たくさんの忘れられない思い出があった。
不安だった夜にいつも支えてくれた、私の帰る場所。

万華鏡を覗き込む。

目に映ったのは、家族と過ごした暖かな日々。
子供の頃の笑い声、父の優しい仕草、母の料理の香り──。
それらすべてが、鮮やかに輝いていた。

色あせそうな記憶の数々が、まるで昨日のことのように胸に蘇り、彼女の心を満たした。

よく怖気づいて、二の足を踏んでしまう自分。
その背中を、そっと誰かが押してくれているような、そんな感覚...…。

大き目の段ボールひとつにしっかりと封をして、立ち上がる。

けれど、その時、彼女はふと思った。

これで二度。
祖母は「三度までしか、見ることはできない」と言っていた。

そして、三度目を使うことのないまま、また月日は流れていった。

* * *

夜の古い家。

窓の外は冷たい風が音を立て、枯れ葉が舞っていた。

彼女は結婚を機に、夫と共に祖父母の古い実家を訪れていた。
家は変わってしまっていたけれど、心の中にはずっと変わらない祖母の存在があった。

受験や就職、恋愛、人付き合いの中で。
どうしようもない悲しみにおしつぶされそうなとき。
手が、崖から離れてしまうような、追い詰められた気持ちのとき。

誰かに救いを求めたい、心を受け止めてもらいたいと思ったことは、これまでに幾度となくあった。

でも、気づいた。
自分の心を支えてくれているものは、いつも自分の中にあった。

深夜、ひとりになった彼女は、そっと万華鏡を取り出し、最後の「一度」を使うことにした。

彼女の胸は高鳴るような、でもどこか切ない気持ちでいっぱいだった。

万華鏡を手に取る指先が震える。

目を閉じて、深く息を吸い込み、そっと覗き込む。

──目の前に、祖母の顔が浮かんでいた。
あの頃のまま、優しい笑顔を浮かべて祖母は口を開いた。

「三度しか使えないって、言ったのに。こんなことに使うなんて、ばかだねえ……」

静かな声で笑いながらも、その目には涙が光っているようだった。

「でも、どうしても、直接会ってお礼が言いたかったの。──おばあちゃん、素敵な万華鏡を、ありがとう。」

あたたかい感情が、彼女の胸を柔らかく包み込むのを感じていた。

ゆっくりと、万華鏡を目の位置から下げる。

目の前には、祖母の遺影があった。
柔らかな笑顔が、まるでこちらを見つめているようだった。

祖母が遺した万華鏡は、戻らない過去をただ悲しむのではなく、それを再び抱きしめるための、小さな魔法だったと思う。

三度だけ、記憶の色を呼び戻す、魔法の万華鏡──。

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財布野紐ゆるみ 書いてる人も偉い。書いてないけど考えてる人も偉い。まぶしい。