あの休日、いつもの丘で【風まかせ文芸部 / 錯覚】
高校三年の春、修学旅行の直前の休日だった。あの夜、俺たちは三人でいつもの丘に集まって、夜空を見上げていた──少なくとも、俺の記憶では。
俺は言う。
「でっかい光が、降りてきたんだ。間違いなく。あの丘でのこと、ずっと忘れられない。」
けれどその場面を思い出すと、息が少し浅くなる。そして、胸の奥がちりつくように痛むのはどうしてだろう。それを解明するためにも、今日もこの話題を口にしていた。それに対し、三橋は曖昧に笑って答える。
「まだ言ってんのか。栗本はいつもそう言うけど……僕は見た覚えないんだよなあ。丘には確か、いたんだけど。」
そうだ。俺と三橋で、記憶が違っている。あれだけ盛り上がって現地で騒いだのに、翌日には「光を見ていない」と言っていた。
あの光の正体は実はUFOで、こいつは知らないうちに、記憶を抜き取られてしまっているのではないだろうか。
肝心の、もうひとり一緒にいたはずの友人、守山。こいつの態度も煮え切らなかった。当時いつも、どっちつかずの態度で話題を流していた気がする。
「うーん、なんか光ってたってやつだろ。その光はなんとなく記憶にあるけど……」
守山はそんな風に言っていたっけ。正体のわからない光と、それをめぐる三人の記憶は、いつの間にか少しずつ形を変えていた。
俺は、三人で大きな光を目撃したことを今も確信している。
三橋は、光は見ていないが丘で三人で語ったという記憶だけは残っており、守山は、語ることをなんとなく避けているようだった。
そして同じ大学に進学してからも、俺と三橋のふたりはこの話題を何度となく繰り返した。
「なあ。あの夜の光、絶対あったよな?」
「やっぱりどう考えても僕は見てないよ。そこにいたのは覚えてる。たしか、修学旅行の前の日曜日だろ。最後に丘に行ったのは。」
「あんまり話したがらないけど、今度また守山と飲みに行くじゃん。もう一回聞いてみたいんだよな。」
俺は毎回この記憶違いにもやもやを抱えていて、三橋もこの話題のたび思い出をなぞるが、いつもどこか自信のない調子だ。自分の記憶が曖昧になっているのを気持ち悪いと感じているらしかった。
それでも俺たちにとって、三人で過ごした春の夜は、温かい思い出だ。
──少なくとも、あの日まではそうだった。
* * *
最後の丘の一件からは、数年が経っていた。その後も何度か顔を合わす機会はあったが、三人で集まるのは久しぶりだ。
唯一大学が違う守山は、服装や髪型など、雰囲気は少し変わっていたが、笑顔は以前のよく知っている彼のままだった。
某チェーンの居酒屋で。乾杯した後、話題は自然とあの丘の夜に移る。
俺は勢いよく語った。
「なあ! あの夜、絶対光が降りてきたよな!? 三人で一緒にいたんだし!」
守山は、この話題に一瞬だけ目をそらした気がした。そして、困ったような笑顔でグラスを置く。
「またその話かよ。好きだなーほんとに。」
三橋もつられて頷く。
「なんで僕が、見たのを忘れてるのかも不思議で仕方ない。確かに三人、あの夜、丘にはいたんだよなあ。」
ふたりで守山に確認を求めると、彼は少し沈黙してから口を開いた。
「これは、言うべきかどうか迷ってたんだけどな。お前ら、ちょっと記憶が混乱してるみたいだったし……あの夜、俺は家にいたんだよ。足を骨折してたから、丘には行ってない。」
その瞬間、俺と三橋の間に凍ったような沈黙が落ちる。俺の記憶は確かだったはずだ。目の前に光が降りてきた、あの感覚は夢ではなかった。三人で……守山はいなかった?
三橋も驚いた。自分も丘にいたはずなのに、三人で語らった記憶は幻想だったのかと。
守山は淡々と事実を語っただけで、感情の色はついていない。いや、今にして思えば、少し寂しげな表情だった。
「え……じゃあ僕たち、修学旅行の前の休みに、三人であの丘には……?」
三橋が声を震わせ、はっとしたような顔で俺を見た。そのおびえたような目を見て、光の速さで当時の記憶が呼び戻された。
俺も、言葉を失ったまま目を伏せる。
ふたりの記憶の中で、あの夜は確かに三人で過ごした楽しい時間だった。
でも、違う。現実はそうではなかった。
「そうだ……守山が、修学旅行に来れなくなったのは……」
その前の休みがきっかけだ。「探検しよう」と馬鹿な俺が言い出して、学校近くの山に誘って、三人で遊んだとき。道から外れてしまって、守山だけ数メートル下の地面に——。
なんで、忘れていたんだ。
俺と三橋は、都合のいいように記憶を改ざんしていた。三人で回ろうと楽しみにしていた修学旅行にも、守山だけは来れなくなった。俺が連れまわしたせいで、って荒れて、家まで泣きながら親と謝りに行って。俺は、俺は……。
「いいんだ。自分の不注意でもあったし、あれだけ落ち込まれちゃ、責める気になんてなれなかったよ。忘れているなら、それでもいいかもって思ってたからさ。」
少し、申し訳なさそうに笑う守山。俺と三橋はまだ、しばらく呆然としていた。追加の注文が運ばれてきたことをきっかけに、ようやく俺が口を開いた。
「あの光の記憶も、三人での思い出も、すべて錯覚と願望からつくられたものだったんだな。この話をひきずって、悪かったよ……」
「三人で話したのは、別の夜だったか。僕も、ずっと記憶違いをしていて……」
「いいってのに。それで、俺も不思議に思っていたことがあってだな。」
守山は、三橋の方を向いて言った。
「三橋は、栗本とふたりで、修学旅行前に丘には行っていたんだよな。で、光は覚えていないって言ってたろ。……あの夜、帰ったあと俺にメールにくれたの覚えてるか?」
三橋が思い出したように言う。
「ああ、そうだったかも。確か、怪我の様子も気になって連絡した。」
「この画像がそのメールに添付でついてて、今も残ってるんだけど。」
スマホを俺たちに見せる。俺と三橋は、テーブルごしに覗き込んで画面を確認した。正直、ぎょっとした。
この草が茂る広場は、あの丘だ。上空に、画面のほとんどを覆うように、大きく眩い光が映っている。不自然なほど、白く焼けた光。輪郭がなく、ただ画面を満たすように「降りてきて」いた。俺が胸を高鳴らせた、あの光がそこにあった。
そして、光の前に立っている影。見覚えのある帽子とリュックは、まごうことなき俺の姿だった。その影だけは、妙にくっきりと浮かび上がっている。
「……この写真、三橋が撮って、送ってくれたはずなんだけど。」
守山の言葉に、隣では三橋が震えていた。
「本当に、僕、全然覚えてない……」
空調のせいか、身体が冷える感覚。夜の居酒屋で、ひとつの錯覚だけがなお残り、俺たちの心を揺さぶり続けていた。
※以下の企画に参加させていただきました。
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