箸と火と、ふたり【創作】
山間の小さな村。
かつては魔物退治や国の戦で名を馳せた錬金術師レオナルドと鍛治屋ゲルハルトは、今やひっそり余生を過ごしていた。
「俺の術式なんぞ、今どき誰も使っちゃいない。」
レオナルドは炉の前に座るゲルハルトにぼやいた。
「薬も魔具も、例の大商会の動力炉鋳造に取って代わられた。手仕事の術式は、古文書の片隅で埃をかぶってる。」
「俺だって同じさ。」
ゲルハルトは古びた魔紋入りの鉄槌を持ち上げ、肩をすくめた。
「鋼の剣より、量産の包丁や鍋が市場に溢れてる。鍛治屋なんざ、今じゃ昔の物好きの相手さ。」
ふたりは不器用に笑い合った。
だがその手には、まだ消えぬ職人の誇りが残っていた。
* * *
村に来て間もない彼らは、使われなくなっていたかつての町の工房に、久々に火を入れていた。
そんな晩、村の若者がふたりを訪ねてきた。
「来月の祭りで、村人全員分の箸をそろえたいんです。でも木工職人が病で……」
ゲルハルトが首をかしげる。
「……ハシ?」
レオナルドが説明した。
「食事用の対の棒だよ。いわゆる祭具のツェルダに似たようなもんだ。」
ゲルハルトが「ふうん」と鼻を鳴らす横で、若者が続けた。
「食べるだけならスプーンでもいいんですが──うちの村じゃ、箸でないと祝宴って感じがしなくて。」
レオナルドとゲルハルトは顔を見合わせた。
錬金術師は、かつて折れやすい竜骨を強化するために編み出した密度調整術を知っていた。それは木材にも応用できる。
鍛治屋は、剣の柄や杖の装飾に使う木肌を、鉄よりも繊細に仕上げる技を持っていた。
ふたりは、同時に口を開いた。
「……やってみるか。」
* * *
工房には久々に熱気が満ちた。
炉の温度だけでなく、ふたりの胸の奥にも、じわじわと熱が戻ってくるようだった。
レオナルドは、導素液と陽精粉末を混ぜた強化薬液を調合し、桜の木に浸透させた。しなやかで折れにくく、わずかに香る仕上がりになるように。
「……おい! その木材、乾きが甘いぞ。膨張率が狂う。」
「わかっとるわ。そっちこそ、その薬液、濃すぎりゃ粘るだろうが。」
ゲルハルトは火加減を細かく調整し、熱を通しながら木材を削り出す。刃ではなく、特殊な織布でわずかずつ磨くように成形していった。
「……ったく、昔から細かいことにうるさいんだ、お前は。」
「そっくり返すわ。だから魔具を使うやつと鍛治屋はうまくいかんのだ。」
不器用なふたりは言い合いをしながらも、手だけは迷いなく動いていた。
ひとつひとつ、丁寧に、箸を作り上げていった。
* * *
祭りの夜。
村人たちが笑いながら箸を手にし、屋台の料理を味わっていた。
「軽いのに丈夫だな。」
「手になじむ。不思議な感じだ。」
そんな声が聞こえるたび、ふたりはそっと視線を交わした。
「……俺たちの役目は、まだあるらしいな。」
「そうだな。剣も薬も要らなくなっても……人の暮らしには、手が要る。」
夜空に天灯火が静かに咲いた。
錬金術師と鍛治屋は並んで酒をあおった。
互いに不器用で、時代に取り残された男たち。
だがその絆は、どんな鋼よりも強く、どんな術よりも温かかった。
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書いてる人も偉い。書いてないけど考えてる人も偉い。まぶしい。