小さな焚き火【創作】
いつかの時間、どこかの森で。小さな焚き火を囲んで話をする場所があった。
その場所には、看板があった。
「出来事を話して、思ったことを共有しよう」
そう。
大した決まりはない。
集まったメンバーがかわりばんこで、その日あったことを発表し、その話に対して、聞いていた者が感想や意見を言う。
うさぎが畑で見つけた、変なかたちのにんじんのこと。りすが冬支度のどんぐりを集めている途中に、木から落ちたこと。シカが川辺で見た、きれいな夕焼けのこと。
にんじんの話には、「どんなかたちだったか」という質問が出たし、木から落ちた話では、「自分もひやっとした」という感想が出た。きれいな夕焼けの話では、「同じ景色を見て、自分も同じ気持ちになった」という共感の声があがった。
看板のそばにある葉っぱのノートには、みんなが「話した内容」や「その話に対して出た感想や意見」が自然と書き留められた。
相手の話に耳を傾け、それを受け止めて、答えるように自分の意見をぽつぽつと話す。
みんな、思いついたことを好きに話して、好きに帰る。それだけの場所だった。
* * *
そこへ、ある日からオウムが来るようになった。
「きみたちの話は面白いね。」
最初にそう言った。新しいその仲間は、みんなに歓迎された。焚き火の場が開催されるたびに配られる、木の実飾りは彼にももちろん手渡された。
この日は、うさぎが話し始めた。
「今日はね、ぼく、川で転んじゃったんだ。」
オウムはすぐにうんうんと頷いた。
「なるほど。『転ぶ』というのはとても興味深い現象だ。重力と身体の関係性が露出する。そんな瞬間だからね。」
うさぎは耳をぴくりと動かした。それまで、その集まりではみんな、「他の人の話が終わるまでは感想や意見を言わない」ようにしていた。決まりではない。みなが語り手を立てて、自然とそうしていただけだった。
「えっと、そうじゃなくて。」
うさぎは訂正する。
「転んで、泥だらけになって大変だったっていう話なんだけど。」
オウムは目を細めた。
「いや、それも含めて、話の構造だからさ。単なるストーリーじゃない。ぼくはお話の『構造を読んでる』ってわけ。」
みんな、なんとなく感心した顔をしていた。オウムは、難しいことを知っている鳥なんだな、と思った。
葉っぱのノートには、オウムの言葉が感想として書き込まれた。
* * *
ある日、りすが、自分の作った話を読んだ。小さな話だった。山道で迷った日のことを書いただけの、静かな話。
読み終えると、オウムが首をかしげた。
「構成は整ってる。でも、魅力が薄いね。」
りすは鼻先を動かした。オウムは続けた。
「面白い話っていうのはね、もっと『快楽』が必要なんだ。緊張、転換、解放。物語の力学が足りないんだよね。聞いた動物からすれば、『へえ、だから?』ってなもんさ。」
りすは笑った。そうかあ、と言った。
でも本当は、迷ってしまった自分をモチーフにして、感じた恐怖や、山の匂いで帰ることができた安心感を、誰かに聞いて欲しかっただけだった。
「面白い話でなければだめ」という意見は、共有された前提ではなかった。
オウムのように、誰かが語る話について、否定から入って批評することも、これまで、誰もしてこなかったやり方だった。
かけられた言葉を、葉っぱのノートに書き留めるりすの手は、少しだけ震えていた。
* * *
その日、話をしたのはシカだった。
「母さんが夢に出てきたんだ。一緒に木の実を取りに行く夢だった。」
オウムは、深く頷いた。
「なるほど。わかるよ。」
珍しく、話を受け止めて聞いているんだ、と他の動物たちは少し驚いた。しかし、続く言葉はいつもと同じ類のものだった。
「母親像だね! 夢では『依存』の象徴さ。自立しきれていない個体がよく見る夢だ。神話構造でもありがちなモチーフでね。きみが、その夢を見ずにいられなかった理由は……。」
シカは、黙って聞いていた。オウムの話は、ただの勝手な決めつけだと思った。
母親は、去年の冬に死んだ。森に入ったハンターの銃で、だ。依存で何が悪い。胸の奥でそう思った。でも……言わなかった。
うさぎは、シカの横顔をじっと見つめていた。彼は、シカの母親の事情に詳しかった。
葉っぱのノートに収められる言葉は、少しずつ荒れていった。そして、衒学的なオウムの言葉に、森の動物たちは少しずつ頷かなくなった。
彼はいつも、他の者のお話を入口にして、いつも早い段階から「自分の批評構造」に移ってしまう。語り手の大事にしているものを蔑ろにして、語りたいことだけを語る。
焚き火のそばには、まだ同じ火が燃えていた。
でも以前よりもずっと、話し出す前の、語り手の沈黙は増えていた。
* * *
ある晩、りすがぽつりと言った。
「最近、なんだか話しづらいよね。」
オウムがすぐに頷く。
「『話しづらさ』とは共同体構造の持つ緊張状態だね。私が思うに、『話しやすい理想の空間』とは……。」
「その、『私が思うに』っていうの、やめない?」
とうとう、たまりかねたうさぎが言った。
「オウムくんの言葉を身構えてしまって、話しづらくなるんだよ。この焚き火の場所って、もう少し気軽に話せる場所であってほしいんだ。」
オウムは首をかしげた。
「もちろん。そのつもりだが。」
シカが言った。
「でも、話したことに直接関係のない話ばかりじゃないか。」
「当然さ。語り手の意識しない『構造』を読むのが『面白い』んだから。」
オウムの言うそんな前提も、やはりその場にいる誰にも共有されていない。
「『出来事を話して、思ったことを共有しよう』そう看板に書いてある通りじゃないか。ぼくは、思ったことを共有しているだけさ。それが対話だろう?」
うさぎは、少し困った顔をした。
「何を話しても、結局オウムくんは自分の話ばかりするだろう。対話になっていないよ。だからもう少し、バランスを考えてさ……。」
でも、その続きを言う前に、オウムが口を開いた。
「なるほど。ここは『対話を禁じる場』だったんだね! それは失礼した! 最初にそう言ってくれればよかったのに。」
「そうじゃなくって……。」
うさぎは言いかけて、やめた。
そんなことは、言っていない。
「質と量」の話をしているのに、禁止か許容かの「カテゴリ」の話にすり替えられている。対話なんて、はじめから成立していなかった。ここでもっと説明を増やしても、すり替えられて戻ってくるだけだ。
オウムは去った。
そしてその夜のうちに、オウムは自分の止まり木に吊るしていた、これまで焚き火の場でもらった木の実飾りをすべて外して、捨てた。
「せっかく、ぼくが育てた場だったのに。」
オウムはそう吐き捨て、どこかへ飛び立って行った。
* * *
次の日から、オウムは来なくなった。
数日後、うさぎが焚き火のそばを見ると、オウムが積んだ薪の跡だけがきれいに消えていた。
そばにあった、葉っぱのノートを開く。
オウムが話した言葉の部分だけが、すべてぐちゃぐちゃに黒く汚され、読めないようにしてあった。汚れは、鳥の足跡のかたちをしていた。
まるで最初から、「自分の手が入っていたことだけ」を、誰かに見せつけるように。
りすがぽつりと言った。
「最後まで、自分の話をしてたね……。」
うさぎは火を見つめた。
ぱちり、と音がした。
影がひとつ消えただけで、今夜の焚き火は、少しだけ話しやすかった。
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書いてる人も偉い。書いてないけど考えてる人も偉い。まぶしい。