ピンクの制服【創作】
高校のとき、スカートの丈には「暗黙のルール」があった。
一年は膝下、二年からは折っていい。三年になれば、もう誰も注意しない──。
そんな理不尽を「伝統」みたいな顔で押しつけてくる上級生が、私は大嫌いだった。
年が上というだけで、偉くもない人たちに自由を奪われるのが息苦しかった。
不真面目だってわけじゃない。髪も服装も、行動も。多少、自分らしさが浮き出る程度に飾っても、文句は言われない生き方をしているつもりだった。
* * *
大学に入って、すぐ始めたドラッグストアのアルバイト。都会から少し離れた、車がないと不便な町の店だ。
実家の近くということで、親には賛成も反対もされなかった。「あらそう」と一言、その程度。
その店には、化粧品スタッフだけが着る、ピンクの制服があった。
他のスタッフは青いエプロン姿なのに、その人たちは少し華やかで、「きれい」を扱う人にふさわしい雰囲気をまとっていた。
どういう人が着るのか明確な基準はなかった。店長が「化粧品に詳しいスタッフ」を指名するだけ。けれど、お客さん目線では、ピンクの制服はいわば目印だった。この人に聞けば大丈夫、という安心の印。
私は、化粧品スタッフの制服に憧れていた。
もともとは詳しくなかったけど、高校生くらいからは化粧品を使い始め、だんだんとお化粧が好きになっていった。最近では、いとこのお姉ちゃんと雑誌をめくっては、新商品の話題で盛り上がっている。
「このグロス、可愛いけど、どうしてもムラになるんだよね。」
「それ、乾燥してるとムラっぽく見えるんだよ。リップクリームちょっと挟むといいよ。」
そんなことを話しながら、失敗も多かった。
コロンをつけすぎて「甘い匂いしない?」と友達に言われたり、ファンデを厚く塗りすぎて写真で顔だけ白浮きしたり……。
でも、不器用な失敗を繰り返すうちに、「自分の顔と容姿を整える」ことが、少しずつ楽しくなっていった。
* * *
そして、バイトを始めて一年ほど経った頃。
ついに、店長からさらっと「化粧品スタッフをやってみないか」と言われた。
嬉しかった。大事な試験でヤマが当たったときよりも、ずっと。
店長はのんきなところもあるが、お客さんへも従業員へも、同じくらい気配りのできる男だった。ゆえにスタッフ内でも、彼の判断に反対する声は少ない。
けれど、朝と昼のパートで入っている東田さんは、私が選ばれたことをあまり快く思っていなかった。
「若いくせに」「私の方が化粧品スタッフにふさわしいのに」とでも言いたげな目。私は彼女のことはよくは知らないけれど、それ以降、接客のことや発注のこと、何かと細かい部分で突っかかってくるようになった。
シフトをずらしてもらうよう、副店長にお願いしたほどだ。
制服が変わっても、自由を邪魔される感覚。これでは、あの頃と同じままじゃないかと、私は唇をきゅっと噛んだ。
* * *
ある土曜の朝。
急なアルバイトの欠員が出て、店から電話がかかってきた。
「悪いけど、今日代わりに入れない?」
家が近い、私が呼ばれた。
シフト表を見ると、その日は東田さんも出勤。
目があった瞬間、「げ」と声が出た。……いや、出なくても顔に書いてあったかもしれないが。
最近、東田さんもようやく店長からピンクの制服を許されたらしく、鏡の前で何度も髪を直しながら、うれしそうに立っていた。
化粧品スタッフは基本、その時間にひとりだけいればいい。なので、この日の私は普通の青いエプロンで、レジ中心に入ることにした。
「私の方が上!」……そう言いたげな目をちらりと向けてくる東田さん。
波風を立てぬようふるまう。
つまらない我慢には、慣れっこだった。
* * *
化粧品コーナーで、ひとりの女性客が店員を探しているのが見えた。
東田さんがすぐに近づく。ところがそのお客さんの視線は、東田さんの後ろ──私を見つけて、ふっと笑った。
「あっ、今日はエプロンなのね。」
その人は、何度か私が接客した常連さんだった。
「この間はありがとう。あなたが言ったように、無理して高いの買わなくて正解だったわ。それで、今日も少し相談したくて。」
そう言って、まっすぐ私のところへ来た。
東田さんは、ぽかんと立ち尽くしていた。
この人は「化粧品スタッフ」を探していたわけじゃない。
「私」を探してくれていたのだ。
そのお客さんの対応の間に、レジが混みそうだったのでベルを鳴らすと、東田さんが不満げにレジに入った。彼女の視線が刺さるのを感じながらも、私はお客さんとの会話に集中した。
「この下地、皮脂吸着の粒子が細かいんですよね。そのあとにモイスチャー系のファンデを重ねると、ツヤが戻って自然になるんです。」
「あ、だからテカらないのに乾かないのねえ。」
「ええ。パウダーは鼻筋とあご先だけ、軽くのせるくらいで全然ちょうどいいですよ。」
そんなふうに会話をしているとき、ふと、お客さんが笑った。
「やっぱり、あなたと話すと安心するわ~。」
このとき、店長の言葉を思い出してはっとした。
「お店じゃなくて、人につくファンも多いんだよ。」
制服の色でも、年齢でもない。
私の中にある「自分らしさ」を見つけてくれる人がいる。
そのことが、今日、少しだけ分かった気がした。
私は持ち場に戻ると、レジ内の鏡でエプロン姿の自分を写した。
ピンクの制服を着ていなくても。私は、やわらかく微笑んでいた。
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書いてる人も偉い。書いてないけど考えてる人も偉い。まぶしい。