ドライバーの仕事【シロクマ文芸部】
手を洗う。これ以上ないくらい、念入りに。
水の冷たさが、心に沁みる。
彼はいつも夜の街を抜け、港を過ぎ、次の町へと運転していく。
「次はいつ帰れる?」と訊く私に、彼は笑うだけで、具体的な日程は答えない。画面越しの会話は、私の寂しさを加速させた。
たまに会えたと思ったら口論で、いやになる。
一縷の望み……というよりは、無駄な足掻きだったのかもしれない。
薄い朝の光の中で、私はそのスティックを見つめていた。
検査の結果は、陰性だった。
白く乾いた先端をみて、ため息がもれた。
せめて陽性であれば、彼にすがる理由ができたのに。
そう思ったのは、昨日までのことだ。
今さらもう、私が何を言おうと、彼の気持ちは動かない。脈がないことがわかると、私はかえって安堵した。
寝室には、飲み残されたままのお酒がある。
疲れていたんだろう、彼はすぐにぐっすりと眠ってしまった。
彼との心の距離は、開いた穴は、もう塞がることはきっとない。
寝具と床には、まだ拭ききれない赤色がある。
夜の間に乾いて、薄い茶に変わった。
窓を開けると、朝の風が匂いを攫っていく。
私はもう一度、スティックを手にとって確かめた。きちんと、仕事を果たしてくれた。箱の中で、錆にまみれていたとは思えないくらい。
どうして、こうなってしまったのか。
それは、単なる神様の気まぐれだったのだろう。
あるいは、彼の言葉が最後まで正しかったということなのかもしれない。
――「俺がここにいられないんじゃ、どうにもならねえだろ。」
私はスティックをビニール袋に包み、ゴミ箱の底に押し込んだ。
ごとりと低い音をたて、ふっといやな匂いが鼻につく。
しばらく息を止めて、深く吸い込む。
ああ、もう、腕が疲れて動かない。
私は、彼と一緒に、静かに眠ることにした。
ずっと、ここにいてね。
※以下「シロクマ文芸部」さまの企画に参加させていただきました。
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