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レガシーゲーム【創作】

レガシーゲーム。

それは、民俗学的に自然発生した、労働者的暇つぶしである。


ごとごとと揺られながら、現場まで移動する時間は長い。男たちにとって「車内での暇つぶしをどうするか」は重要な課題だった。

「何なんですか? それ。」
「なんだ、ジュンペイはそんなことも知らないのか。」

僕の名前はジュンイチだったが、そんな細かいことはどっちだってよかった。

引っ越し業者の作業員が、移動中の車内で行う簡単なゲームだという。高校生アルバイトとしてはじめてこの業界で働く僕にとっては初耳だったが、メジャーな遊びなのだろうか。

道すがらスバル・レガシーが走っているのを見つけた者が、いちはやく「レガシー!」と声を上げる。その日のうちにコールできた回数がいちばん少ない者が、休憩中にドリンクを奢らされる。

とはいえ金額はサンガリアの五十円とかのやつだ。自販機によっては冷えているかどうかも怪しい。だからこれは賭博ではない。ぬるい地獄なのだ。

移動中、レガシーを見つけても、なかなか声を出せない。というより、レガシーという車種を聞いたことがあっても、「それがどういう形か」を知らないと勝てない。免許を持たない僕は、相当不利だった。

ボンネットの感じ、テールランプの配置、横から見たときの妙な腰高感。一瞬の判断が遅れるだけで、「レガシー!!」という声が後部座席から飛んでくる。

座る席、走る道によって有利不利があるのも、この遊びに興じているうちに気づいたことだ。窓の位置と、交差点の数で、見える世界が違う。

そして、間違えてコールするとマイナスポイント。確実性がとぼしいときにチャレンジした際には「レガシー!?」とコールすること。様々な、謎のローカルルールがすでに仕上がっているようだった。

コールの瞬間の、胃のあたりがひやっとする感じ。大事なバイト代が、じわっと削られていく予感。

それは、誰かに眼鏡を素手で触られたときのような、説明しにくいが確実に不快な感覚だった。

慣れてくると、ゲームの陰湿さは加速する。

「おい、今の、本当にレガシーだったか?」

そんな疑義が出ると、運転席の先輩がわざとウインカーを切る。目的地とは逆方向へ、数十メートル。確認のための寄り道だ。現場は逃げないから、待たせておけばいいのだ。レガシーは逃げる。

移動先での作業時間が減ることに、誰もつっこまない。そんなことよりも、男たちは今目の前にある勝負しか見えなくなっていた。

現場で物を壊してしまった僕に対して「気にすんな」と笑ってくれていた先輩ですら、このときばかりは目が真剣だ。

寄り道の結果、レガシーだった場合は、最初にコールできなかった者にとっては屈辱。違っていた場合は、「誤ったコール」をした者が一気に不利になる。

そのやりとりに、誰も本気で怒らない。だが誰も、本気で優しくもしない。
それが、このバイト環境だった。


なつかしいな。

高校生のときの、短期バイト。初めてこのゲームを知ったあの夏。今思えば、あのとき鍛えられたのは動体視力や車種知識ではなく、空気を読む力だったのだと思う。短い間だったし、力仕事はきつかったけど、レガシーゲームに熱中したことは今でも忘れない、良い思い出だ。

大学に入ってサッカー部に所属したとき、先輩後輩の距離感や、理不尽さを笑って受け流す技術が、なぜか僕にはすでに身についていた。

あのゲームは、僕の中でそういう訓練装置としても保存されていた。


大学の卒業が決まり、引っ越しのバイトにもう一度、短期で入ることになった。体力にも自信があったし、何よりなつかしさを味わいたい気持ちが大きかったと思う。

車内の空気は、あの頃とあまり変わっていなかった。ごとごとと揺れる感じからも、窓からの強い日差しからも、不快さは感じられない。

「今日は現場遠いってよ。」
「おい、じゃあ、あれやろうぜ。」

誰かが言い出す。僕は内心で少し笑った。
──来たな、と思ったのだ。

過去の経験がある。負ける気はしない。

ところが、助手席の男が言った。

「アルファードゲームだな? よし、やろうぜ!」

待て。
なんだ、それは……。

たった数年。時代が変わったのか、地域差によって別ルートで発生したゲームなのかは分からないが、知らないゲームが開幕した。

どういった形状の車なのか。似た車種には何があるのか。
かつての知識は通用しない。

こうして男たちは再び、百二十円のコーヒーを賭けて戦うことになる。


アルファードゲーム。

これもまた、民俗学的に自然発生した、労働者的暇つぶしであった。


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財布野紐ゆるみ 書いてる人も偉い。書いてないけど考えてる人も偉い。まぶしい。