イウノロ・セウカ【創作】
灰色の空に、人工太陽「セウカ」が昇る。
都市の人々は、それを本物の太陽だと信じて疑わない。
誰もがなんの疑問も持たずに「朝」と呼ぶ、その光を浴びて一日が始まる。
だが、機関の研究所に勤める壮年の研究員カインは思った。
──この光は、寿命を迎えつつある。
かつてこの星の太陽が衰え、気候が崩壊した数世紀前、人類は巨大衛星型の人工恒星を打ち上げた。
それが「セウカ」だ。
セウカは完全な太陽ではない。だが、灰色の空を照らし、気温や作物の育成、都市の生活リズムを維持する役割を果たした。
人々にとって「朝」を約束する唯一の存在。
また太陽とは違い、セウカは沈んだあとも淡く発光し、穏やかな夜を人々に与えてくれた。
今、そのセウカの寿命が尽きかけていた。
推定残り数十年。国家上層部だけがその情報を握り、庶民には一切知らされることはない。
しかし、彼は知っていた。
カインは、国家直属の研究機関に勤めている。
セウカの老朽化を覆い隠すための数値操作。
ひそかに進められる計画。
そして、人類の大半を犠牲にするという非情な選択肢を。
* * *
「地下移住計画」──。
その計画では、セウカの残されたエネルギーを利用し、地下深くに閉ざされた新世界を建設する。だが、移住できるのは指導層と選ばれた人間だけ。地上の九割は見捨てられる。
カインは冷たい数字の裏に潜む現実を思った。
切り捨てられるのは、友人、家族、子供たち。笑い声と暮らし。無数の顔。──彼は、それを受け入れることができなかった。
若くしてその努力と才能で研究室長の立場に上りつめた彼には、権限があった。セウカの自動操縦システムの一部に触れることのできる、数少ない立場。
公式にはセウカのエネルギー延命の研究を装いながら、裏では「停止プログラム」を書き続けた。──だが、目的は破壊ではない。
国家が信じぬもう一つの可能性を、世界に向けて提示するための布石だった。
* * *
カインは夜な夜な、密かに計算とスケッチを繰り返していた。天文図には一箇所、赤い小さな丸がついている。
研究所から持ち出した古い天文データを机に広げ、粗末な紙に数式を走らせる。小さなランプの下、筆圧で凹んだ紙面には、幾度も消され書き直された数字がびっしりと並んだ。
──光は、わずかに偏って届く……角度を一度でも間違えれば、闇のままだ。
反射面をどのように並べ、どう向ければ光が一点に集まるのか。ときに定規を投げ出し、頭を抱え、それでもまた鉛筆を握り直す。
夜が更けても筆は止まらなかった。
机の上には、小さな板を蜂の巣状に並べた模式図と、天文図の赤い丸から放たれる、光線の軌跡を書く円弧が残されていた。
* * *
その日ついに、彼は決行した。
まだ地下移住の準備が整わぬ時期に、意図的にセウカを一時停止させる。
指先がキーを押し込む瞬間、鼓動が自分のものとは思えぬほど強く打つのを感じた。彼は震える呼吸を押し殺し、最終確認の表示を見つめる。
──轟音。
そして、訪れる闇。
都市全体が停電したかのように、世界は漆黒に沈んだ。
人々は叫び、泣き、祈った。
窓の外からは明かりが失われ、広場では子供が母の腕にしがみつき泣き声をあげる。人々は「朝」が永遠でないということを思い知らされた。
だがその混乱の最中、東の空に一つの光が瞬いた。
──『小さき星、イウノロ』。
専門家の間で近年報告されていた微光の天体。
あまりに遠く、あまりに淡く、人類を導く力など到底持たぬものと切り捨てられた存在。
しかし闇に包まれた人々は、その光を見た。
薄布を通したかのような、ぼんやりとした、頼りない光。
でも、だからこそ、誰もが顔を上げた。
セウカの下では決して気づけなかった、夜空の「本物の輝き」を。
* * *
この騒動で、国と機関が隠蔽していた事実が一部公になった。
そして、人々は知ることとなった。
セウカの寿命が尽きつつあること。
そして、地下移住計画が進められようとしていたこと。
結果、カインは反逆者として裁かれた。
国家は怒りをもって告発し、死刑を宣告した。
それでも、彼は法廷の冷笑に屈せず、牢で一冊の分厚い研究計画書を書き上げた。
その研究題目は──「鏡衛星群によるイウノロ光拡大計画」。
無数の鏡衛星を蜂の巣状に並べ、イウノロの淡い光を収束・拡散させ、この星に新たな昼をもたらすという案である。膨大な計算、莫大な建設費、失敗のリスク。確かに実現可能性は低い。
だが「ゼロ」ではない。
かつて専門家会議の資料にも、イウノロのエネルギーを利用する案はあった。
だが、国家は取り合わなかった。安全な「地下移住計画」に比べて危険すぎるからだ。失敗すれば人類は一瞬で全滅する。
しかし、セウカの停止という衝撃を経て、人々の心は揺らいだ。
「いつか止まる」という噂は現実となり、暗黒の恐怖と共に「小さな光」が確かに存在することを知ってしまったのだ。
囚人カインが処刑台に連行される日、街ではささやきが広がっていた。
──あの反逆者が書いた計画は本物なのか?
──イウノロの光で、本当に生きられるのか?
誰も答えを持たない。だが確かなのは、選択肢が二つになったということだった。
一つは地下移住。わずかな者だけが生き残る冷酷な道。
もう一つは鏡衛星による光の拡大。人類全体を救うが、失敗すればすべてが終わる賭けの道。
どちらを選ぶにせよ、もはや人類は「終わりの始まり」に立っていた。
だがそれは同時に、まだ見ぬ「未来の始まり」でもあった。
処刑前、カインは囁いた。
「仮初めの太陽と、本物の光、どちらを信じるか。……ここから先は、あんたたち次第だ。」
彼の声など、記録に残るはずもない。
だが夜空に瞬く小さな光は、確かに人々の目に焼き付いた。
人類は選ばなければならない。
闇を恐れて地中に潜るか。
光を信じて空へ挑むか。
──この物語は、ここから始まる。
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書いてる人も偉い。書いてないけど考えてる人も偉い。まぶしい。