満月の取扱説明書【創作】
自分のミスで、今日は仕事人生で一番大変な日だった。
配布したマニュアルが原因で顧客のシステムに障害が発生。
顧客からクレーム、上司からの叱責。
修正対応に追われて昼飯も抜き。明日も朝から取引先へ謝罪行脚だ。
人に言えば「よくあること」で片づけられるようなことだけれど、こういったリカバリが長引くほど、胸の奥で沈み込むよどみになる。
──マニュアルのバージョン表記の見落としなんて、この仕事一体何年やってるんだ、お前は……。
心の中で自分を責めるようにつぶやくと、弱った心がより堪える。
いつもより遅い時間の帰り道、ふと空を見上げると、まんまるの月がかかっていた。
灰色がかった街の灯りよりも、より白く、より淡い月。
その瞬間、不思議な考えが浮かんだ。
──もし満月に取扱説明書があるなら、何が書かれているのだろう。
「落ち込んだとき、空を見上げるだけで簡単にご使用いただけます」
「眠れないとき、目を閉じて光を感じてみてください」
「地球が存続している限り、夜空に現れます」
「天候により一時的に視認できない場合がありますが、製品に問題はありません」
「天体消滅しない限り、毎月更新されます」
「紀元前から継続稼働中。サポート終了予定はありません」
月に書かれた説明を、自分だけが知っているような気がして、少し笑ってしまった。
誰の保証も、承認もいらない。ただ、そこにあるだけ。
いつも見上げれば戻ってくる……か。
スーパーの袋に入った見切り品の弁当が、やけに軽やかに揺れる。
「今日が、満月でよかった。」
そうつぶやいて歩き出すと、答えるように雲間から月がまた顔を出した。
ほんの偶然かもしれないけれど、それだけで十分だった。
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書いてる人も偉い。書いてないけど考えてる人も偉い。まぶしい。