ノートと未来【創作】
社会人になって、もうすぐ一年。
混み合う電車での通勤にも、少しずつ慣れてきた。
仕事は大変だけど、人間関係は悪くないし、給料もそこそこ。
帰って夕飯を食べて、スマホを見ながら眠くなる生活。
悪くはない。だけど、ときどき、ふと物足りなさを感じる。
三月。新年度を迎える前に、気持ちを整えたくて、久しぶりに部屋を片付けていた。
そのとき、机の奥から古びたノートが出てきた。
表紙には、幼い文字で「しょうらいのゆめノート」と書かれている。たぶん、小学三年の頃のものだ。
懐かしくなってページをめくると、未来の自分に宛てた手紙が出てきた。
「大人のわたしへ。いま、ゆめをわすれていませんか?」
思わず、苦笑いがこぼれた。
そういえば、私、何かになりたかったんだっけ。
でも、その「何か」は、もう思い出せない。
進路は、なんとなく評判のいい学校を選んで、
就職は、内定をもらった会社に素直に決めた。
「まあ、こんなもんかな」って思っていたけど。
もしかしたら、それは納得じゃなくて、ただの妥協だったのかもしれない。
ページをめくるたびに、無邪気でまっすぐな言葉が並んでいる。
「歌をうたう仕事がしたい」
「絵をかく仕事もいいな」
「でも一ばんは、自分のつくったものを、だれかがよろこんでくれたらいい」
胸の奥が、ちくりと痛んだ。
夢を叶えられなかったのがつらいんじゃない。
夢を思い出せなくなっていた自分が、少しさびしかった。
ノートの最後のページには、空白が残っていた。
私は少し迷ってから、ペンを取った。
そして、一行だけ書いた。
「思い出すだけじゃなくて、また、はじめてみるよ。」
過去からの自分の問いかけに、答えられる未来の自分でいたい。
そんなことを思い、私はノートを閉じた。
静かだった部屋には、いつの間にか窓のすき間から春の風がふっと入り込んできている。外では、街路樹の枝先に、小さな桜の蕾がふくらみかけていた。
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書いてる人も偉い。書いてないけど考えてる人も偉い。まぶしい。