先生からの葉書
中学2年生の時、国語の先生が、
向田邦子の『父の詫び状』という本を学年の生徒全員にプレゼントしてくれた。
教科書に掲載されていた「字のない葉書」というエッセイを勉強した流れで配られたのだと記憶している。
その日、先生はダンボールを抱えて教室に入ってきた。笑顔で。
皆、そのダンボールの中身が気になって少し騒がしくなったが、授業が始まるとすぐに静かになった。
「字のない葉書」は、戦争中の、向田さん一家のお話だ。
向田さんの下の妹が小学1年生の時に疎開した。その時、父は妹に、
「元気なときは大きな〇を書いて出すように」と、宛名が書かれた沢山の葉書を持たせた。
最初のうちは大きな〇が描かれて送られてきていたが、
すぐに小さな〇になり、やがて✕になり、ついには葉書も届かなくなり……。
という、父親の愛と戦争の悲惨さが描かれたエッセイなのだが、
先生は授業の途中で、
「向田邦子はいいぞぉ。 沢山読んでほしいし、 読んでおいた方がいい」
と、言いながら、
ダンボールを開け始めた。
おおお!
中から何が出てくるんだろう。
ワクワクしながら先生の手元を見つめていると、
ダンボールから5〜6冊ずつ文庫本を取り出して、1番前の席の子に順に手渡し始めた。プリントを配る時のように前の席から後ろの席へ、文庫本が回される。
私のところにもそれはやってきた。
表紙は、薄いクリーム色にグレーの縦縞。
真ん中に赤地に黒文字で〈父の詫び状 向田邦子〉とある。
淡くて地味な色合いの着物に赤い帯を合わせて文庫本に着せているみたいだなぁと思った。
早速、ページをめくる。
目次を見ると、沢山の話が収録されていた。
「先生! この本、なんですか?」と、男子が聞く。
「向田邦子のエッセイ集だ。先生からのプレゼントだから、大事に読めよ」
「プレゼント? 先生からの? 先生の自腹?」
先生は緊張の面持ちで、
「先生の自腹だ」と言った。
「自腹って、ポケットマネー!?」
先生の自腹だと聞いた瞬間、教室は沸いた。
部活や体育祭のあとのジュースやアイスもそうだが、先生からの突然の「差し入れ」や「おごり」って、どうしてあんなにテンションが上がるのだろう。
みんながワイワイと文庫本を開く。
私も負けじと最初のお話のページを開いた。
一行目からいきなり「伊勢海老」という言葉が目に飛び込んできた。
面白そうだと思っていたら、
「おい! 授業中だぞ! 今読むんじゃない! 片付けろ」と、先生の怒鳴る声。
自分でプレゼントだと配っておいて、読んだら怒鳴るなんて理不尽だなと思ったけれど、それ以上怒られるのは嫌だったので、
私は慌てて、当時ペシャンコにつぶして持ち歩いていた学生鞄に『父の詫び状』を入れた。
先生は当時50才くらいだったか。
目鼻立ちがハッキリしていて、昔の映画俳優みたいな、いわゆる「ハンサム」な先生だった。
普段はユーモアまじりに軽やかに話すけど、背筋がシャンとしていて強そうな雰囲気もある。マフィアの格好が似合いそうな感じ。
そんな先生からのプレゼントがなんだかとても嬉しくて、帰宅してから1話1話大事に読んだ。
スラスラ読めるのに胸の奥にじんわり広がるものがあって、
「向田邦子って、エッセイって、すごいんだな」と思った。
それから約10年後。
私は司書として中学校に勤務していた。
司書を辞める日に、その学校の新しい校長として挨拶にやってきたのが、父の詫び状をプレゼントしてくれた先生だった。
大きな花束と荷物を持って職員玄関から出たところで先生とバッタリ会った。
私の顔を見て、小さく「おっ?」と言い、
「なんだその花束は」
「せっかく先生が校長としてきたというのに、まさかやめるところか?」と聞かれた。
新しい校長先生が先生だなんて知らなかったと言うと、
先生は「次は決まってるのか? これからどうするんだ?」と食い気味に聞いてくる。
それから先生に今後のことを相談するようになった。
国語の教員になりたいと話すと、採用試験用の問題集を準備してくれたり、息抜きに飲み会を開いてくれたりした。
先生とはそれからも同じ学校になったり、飲みに連れていってもらったりといった交流が続いた。
『父の詫び状』を自腹でプレゼントしてくれたあの日から、先生は私の中でかなり太っ腹なイメージになっていたのだが、
ある日、
「いくら良い本だからといっても学年の生徒全員に本を自腹でプレゼントすることは可能だろうか?」と気になり始めた。
あの頃、学年に120人くらいの生徒がいたから、1冊500円前後の文庫本 × 120人で、約60000円だ。
中学生の頃は、大人はみんなお金持ちだと思っていたが、当時はまだ校長でもないヒラの先生だったのでそんなに給料も高いわけではなかったと思う。
60000円かけて120冊も購入して、生徒に配る? 私なら配れない。
もしかしたら、先生は自腹だと言ったが、本当は国や市から中学2年生全員に本を配布するキャンペーンでもあったのではないかと思った。
そこで、ベテランの国語の先生方に
「中2に『父の詫び状』を配るキャンペーンってありましたか? 配ったことありましたか?」とか、同じ市内出身の年の近い人に「中2の時に文庫本配られなかった?」と聞いてまわったが、答えはNOだった。
いよいよ私は我慢できなくなって、飲み会の席で先生に直接聞いた。
「先生が私たちに『父の詫び状』をプレゼントしてくれたの覚えてます?」
「あの時、先生は自腹だっておっしゃってましたけど、さすがに自腹は無理だと思うんですよ」
「ホントは自腹じゃないんでしょう? 」
と。
先生はニコニコ笑みを浮かべながら私の話を聞いた。
私が「ザッと計算したら60000くらいになる。そんなの無理でしょう」と言ったら、
「計算したのか! ヤボな奴だな」と驚かれた。
飲み会で聞くものだから、毎度のらりくらりとかわされて、結局どちらだかわからなかった。聞いているうちにそんなことはどうでもよくなった。
ただ中学2年生の時に『父の詫び状』をプレゼントされて大事に読んだ、という思い出だけが残った。
先生が定年退職した後も葉書のやりとりが続いた。
それは段々と、
「お元気ですか?」や
「今年こそ会いたいです」の、近況報告と生存確認のようになっていったが、5年前に先生から年賀状じまいの葉書が届いた。
「後期高齢者になりましたので、賀状は今回までとさせていただきます。 これまでありがとうございました。 私は元気でいます。 あなたもいつまでもお元気で」と。
私はとても寂しくなって、
(文章はなくていい。 せめて○だけでも書いて出してくれたら)と思ったけれど、
時間が経って気がついた。
ある年突然届かなくなるより、
こうして宣言してくれた方がずっといい。
先生からの葉書はこない。
でもきっと、
先生はいつまでも元気でいらっしゃる。
いいなと思ったら応援しよう!
こんなところまで読んでいただきありがとうございます!私に……良いんですか??嬉しくて舞い上がってます!!うひょー!!!