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ビビるちゃんとメンドクサガリン

私の中には、
勇ましい心を持てず怖がってしまう「ビビるちゃん」と、
何事にも面倒くささを感じてしまう「面倒くさがり屋」が同居している。
面倒くさがり屋、というと、面倒くさがりを売っているお店みたいに聞こえるので、ここでは可愛く「メンドクサガリン」と呼ばせてもらうことにする。

よく何かの決断シーンで「天使と悪魔が囁いてくる」という話を聞くが、
私の場合は天使でも悪魔でもなく、必ずビビるちゃんとメンドクサガリンが2人でズンズン出てきては、
(怖いよ、やめておこうよ〜)
〈あとあと面倒くさいことになるんじゃないの?〉と囁くのだ。

昔はそんな自分&2人が嫌だった。
でも今、この年齢になって過去を振り返ると、
ビビるちゃんとメンドクサガリンが囁き続けてくれたおかげで助かったことも結構ある。
勇気とか根性とか、そういう立派なものは持ち合わせていないけれど、
それもわりと良かったんじゃないかと思っている。


「よくグレなかったね!」

これは私が家族のことや生育環境の話をするとよく言われる言葉だ。

そう!私はグレなかった。
決して真っすぐ優等生で進んできたわけではないけれど、
グレはしなかった。

私は県内イチ賑やかな場所で生まれ育った。
店が立ち並ぶアーケード商店街と歓楽街のちょうど真ん中あたりに家があり、
その家で母が小さな旅館を営んでいた。

家から徒歩2分の公園にたどり着くまでに3軒の風俗店の前を通る。
公園を囲むのは駄菓子屋と風俗店とラブホテルと寺。
大人と子どもの欲、生と死が混在した場所で毎日訳もわからず遊んでいた。

私が小学2年生の時に父が内緒でスナックを経営していたことが発覚。
母がそのスナックを手伝うことになり、我が家は旅館をたたんだ。
両親共に店に出ているため、夜は年子の弟と2人で留守番をして過ごした。
家とスナックは徒歩10分の距離。
SOSを出せば飛んで帰ってきてくれるし、賑やかな場所なので寂しくはなかったが、深夜遅くに両親が帰ってくるまで不安で眠れなかった。

夜に両親がいないというのは大変なことのように聞こえるが「やりたい放題」という利点がある。
誰にも干渉されないし、たとえばその時間にどこかに遊びに行って家に居ないことがあっても、バレなければ怒られない。
外に遊びに行かずとも友人を家に呼んで、よからぬことを楽しむことだって出来る。(多分)
しかし、私がこの時間に友人としたことといえばせいぜい長電話くらいで、あとは1人で深夜番組を見たり、深夜ラジオを聴いたり、マンガを読んだりした。一歩も外に出なかった。

それはなぜか。
ビビるちゃんとメンドクサガリンがうるさかったからだ。
窓を開ければ夜の街が呼んでいる。生と性にみなぎった公園だって近くにある。
しかし、

(留守をしている間にお母さんが帰ってきたらどうする?電話があったらどうする?)
〈あとでバレたら面倒くさいよ〉
(悪い人がいっぱい歩いているかもしれない。そしてどこかに引きずりこまれるかもしれない)
〈友だちにも迷惑がかかっちゃうよ。そしたら面倒くさいよ〉

ああ、もう!うるさいなー。
わかった、わかった、わかりました!

ビビるちゃんとメンドクサガリンが交互に囁き続けるから、私もそのたびに2人に悪態をつきながら思い改めるのだった。

高校2年生の時。
いろいろなことが重なって、私は爆発寸前だった。めちゃくちゃに暴れて、家を飛び出して、盗んだバイクで走り出せたらどんなに楽だろう、と思っていた。(盗んだことはないけど)

その頃、母はよく泥酔して帰宅した。
遊び人の父とは真逆の真面目で絶対的な善のような存在の母もストレスがたまっていたのだろう。スナックを経営しているのだからしかたないと言えばしかたないのだが、大量に飲酒し人が変わったようになっていた。
そんな母がボロボロに酔って騒ぐ姿を見るのが私は心配だし辛かった。
毎晩、母が酔わずに帰宅してくれることを願いながら待つのだが、その日も母はひどく酔って帰宅した。規則的ではないハイヒールのコツコツという音、鍵をなかなか開けられない様子から、家に入ってくるまでには母が泥酔状態にあることがわかった。
泣きながら出迎えて母の介抱をし、寝かしつけている途中で私の中でプチンと何かが切れた。

今こそ、私はこの家を出ていく!!

スースーと寝息をたてだした母を確認した後に自分の部屋に戻り、私は慌てて着替えて、必死に荷物を旅行用のバッグに詰めた。どこに行くあてもない。でも、どうにかなる!むしろどうにかなれ!この勢いが大切だ。

母を起こさないようにと、静かに部屋から出てきたところで、母がムクリと起き上がり、キッチンに向かう姿が見えた。

〈酔っぱらいだから喉でも渇いたのかな?今見つかると面倒くさいから隠れてよ〉
と、メンドクサガリンが言う。
そうね、と思いながら私は隠れて母がキッチンから出てくるのを待った。

母は水を飲むのではなく、フラフラしながら米を研ぎ始めた。
そして包丁を手にし、冷蔵庫を開けた。

ビビるちゃんが、
(こんな時間に酔っぱらいが何してるの!?あんなに酔った状態で包丁を持ってるなんて怖い!見つかりませんように)とキーキー言っている。

私はドキドキしながら、母のうしろ姿を凝視し続けた。
冷蔵庫から野菜を取り出す母。
手に持った包丁で何やら切っている。酔っぱらいだというのに規則正しい包丁の音がキッチンに響く。母は続いて、頭をぐらーんぐらーんとさせ、うなだれながら鍋に油を注いだ。

まじか!こんな時間に揚げ物!?

(ひーっ!あの状態で揚げ物!?危ない!こわいこわい)
〈あわわわわ。火事になったり怪我でもしたら大変だよ。面倒くさいよ〉

うんうん!2人とも落ち着いて!

酔っているというのに規則正しい母の動きに私の心はギュッとなった。

キッチンで調理を続ける母の姿に、
さすがに私もビビるちゃんもメンドクサガリンも、母が弁当を作っているのだということに気づいた。
私と弟が学校に持っていく用の弁当を。

母が揚げているのは胡麻団子だった。
お弁当に甘いものがちょっと入っていたら嬉しいと前に言ったことがあって、それ以来母は胡麻団子や茶巾包みにしたきんとん等のデザートを弁当の中に必ず入れてくれたのだ。

ご飯が炊けて、全部のおかずが出来上がる頃には母の背中はしゃんとしていた。
2つの弁当箱にご飯を詰めて、冷ましている。ビックリするくらい冷静である。

(もう酔っぱらいでもないから今から家を出て行くとバレちゃう。怒られちゃうし怖いね)
〈私がいなくなったら、お母さん、泣いちゃうよ。そんなの面倒だよ〉

ビビるちゃんとメンドクサガリンがいつもより静かに私に囁き続けた。

うん。何より、明日の朝もこの家でちゃんと起きて、あの弁当を持って学校に行って食べたい。

私は母に見つからないように自分の部屋に戻り、必死に目を閉じて寝た。

朝、テーブルの上に準備されていた2つのお弁当箱を見た時、
一時の気の迷いや勢いで家を飛び出さなくて良かったと思った。

そんなこんなで何かあるたびにビビるちゃんとメンドクサガリンが出てきては私に囁きかけるから、
「これぐらいいいかなぁ」とか「面白そうだからちょっとやってみよう」といった勢いをすべて寸前でストップさせて、私はどうにかこうにか大人になった。

グレなかった、のではない。
グレることができなかった、のだ。

世間では、
勇気を持って一歩踏み出すことや、
楽しそうな方に向かって思い切って飛び込んでいくことが良いとされている。
たしかに、誰かを助ける時や、夢に向かって進む時にはその一歩が大切だけど、
怖かったり、後悔しそうだったり、面倒くさそうなことが起こりそうだったら、
「踏みとどまった」情けない経験にももっと自信を持っても良いのではないだろうか。

ビビるちゃんとメンドクサガリンが居てくれたから、
一歩踏み出す勇気はないけど、
一歩踏み出さなくて守れたものがある。

あの日の、弁当を作りながら徐々にシャンとしていった母の背中と、弁当のおいしさを思い出すたび、自分の選択が間違っていなかったと思う。
これからも、ビビるちゃんとメンドクサガリンと共に仲良く生きていきたい。









#創作大賞2025

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ミーミー こんなところまで読んでいただきありがとうございます!私に……良いんですか??嬉しくて舞い上がってます!!うひょー!!!