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祖母のご指名


1995年1月のことである。
当時、兄と祖母の2人は神戸市東灘区にある、古い木造の家に住んでいた。
明け方に起きた大きな地震で、全壊した家の下敷きになった祖母は近所の人たちに助け出されて無事だった。

兄は他界した。

人生というのはわからないものである。
まだ年若く体も丈夫な兄ではなく、
80過ぎの祖母が生き残った。
こういう不思議が世の中にはいっぱいあって、その都度、人の生き死についてぼんやり考えさせられる。

なにせいっぺんに1000人あまりの人がなくなったのだ。火葬場も順番待ちの状態で、大阪の叔父の家で無事に葬式が行なわれたのは震災から1週間ほど経ってからのことだった。

葬式当日。
予定の時刻を過ぎてもお経をあげるお坊さんが来ないことに、待ちくたびれた親戚たちが玄関先で少々行儀の悪いことを言い出した。

「こないな時やから忙しいのやろ。坊主も朝からハシゴしとんとちゃうか?うちが何軒目や?」

「そらぁ、坊主丸儲けやろなぁ!」

坊主丸儲け……
リアルな場でそのワードを使う人を初めて見た。
私がその会話にドキドキしていると、

「聞こえてんでえ!」と、大きな声を出しながら、メガネをかけた大柄のお坊さんが颯爽と入ってきた。
丸儲け中であろう坊主の登場である。
私は慌てたが、誰も何も気にしていない様子だ。

今、思い出していて気づいたのだが、お坊さんはタレントの「みなみかわ」さんにとてもよく似ていた。ここからは「みなみかわさんに似ているお坊さん」ということで「南坊さん」と呼ばせていただくことにする。

南坊さんは
「えらいおそなりまして〜。ご存知の通り、もう朝から大忙しですわ!」と真面目な顔をして笑っている。
遅れたことを詫びる気もなさそうなその様子に私もちょっと笑ってしまった。

兄が寝かされている部屋でようやく式が始まったところで、祖母が1人だけ、皆が並んで正座をしている列とは離れた場所(南坊さんのすぐ近く)に座っていることに気づいた。
ぐっと背中を丸めて。
もう正座はできないので、小さな椅子の上にのしっと沈み込んでいる。

同じ家に居たのに、自分は生き残り、若い孫があの世にいってしまった。
祖母はどんなに辛いだろう。きっと代わってあげたいと思っているに違いない。だからお経をあんなに近くで聞いているんだろうなぁ。
そう思いながら、祖母の背中を見つめていると、
あっという間にお経が終わり、南坊さんが私たち参列者の方へと向きなおった。
その瞬間、祖母が南坊さんの顔を覗き込みながらこう言った。

「あらっ!よう見たらあんた、男前やないの!体も大きゅうてなぁ。ええ声してはるし!」

えっ??

南坊さんがニヤリとして祖母を見た。

祖母がそのまま話を続ける。

「なんちゅーかなぁ、私、生き残ってしまいましてん」

「ええこっちゃ。ばあさん、そのまま長生きしてったらええがな」
南坊さんが答える。

親戚一堂、苦笑いを浮かべている。
(さぁさぁ、おばあちゃん、疲れたでしょう。休みにいきましょうか)と、叔母が2人の間にわって入ろうとした瞬間、

「なぁ!私の葬式のときもあんたがええわ!私の時もお経をあげにきてぇ」

祖母は南坊さんをじっと見つめて、甘えた声でそう言った。
まさかのご指名である。

ちょっとおばあちゃん!!
皆が慌てて祖母を止めようとしたが、南坊さんは穏やかにこう言った。

「そやかてなぁ。こればっかりはタイミングっちゅうもんがあるからなぁ。その時に何も入ってなかったら行きたいところやけど、ちょっとわからへんねん」

南坊さんは正直である。
たしかに何事もタイミング次第だ。

しかし祖母は諦めない。
「そやけど、あんたがええねん。決めた!約束やで!」

祖母よ、南坊さんはタイミング次第だとおっしゃっているじゃないか。
聞き分けのない駄々っ子みたいな祖母に、南坊さんが笑う。

「それやったらな、私もいい年やしな、ばあさんにあんまり長生きされたら難しくなるかもしれへんで。もし、あれやったら早いとこ頼んます」

南坊さんまでえらいことを言い出した。

もう笑うしかない。

「おばあちゃんたら、よっぽどお坊さんのことを気に入ったんやねぇ」
「ほんまに失礼してしまって」
「お忙しい中ありがとうございました」
「初七日も今日済ます形でいきますか」
「おばあちゃん、ちょっと休みましょうか」

祖母のご指名に驚いて、親戚たちは各々思いつくかぎりの声をかけまくり、結局、その後のありがたい話は何も頭に入ってこないまま式は終了した。


それから5年後。
祖母が他界した。
祖母は晩年を滋賀にいる叔父の家で過ごしたため、そこから葬式を出すことになった。

(そういえば、おばあちゃんの意中のお坊さんはどうしてるだろう。お元気だろうか)

滋賀の家へと向かう途中、大きな琵琶湖を眺めながら、チラと南坊さんのことを思い出したが、大阪から滋賀である。いくら同じ関西圏であってもなかなかの距離だ。来てくれることはまずないだろう。

しかし、南坊さんはやってきた。
親戚がダメ元で呼んだら来てくれたらしい。

「ばあさん!来たでぇ!!」
5年前の勢いそのままに、今度は遅れることなくやってきた。豪快にガハガハ笑いながら、祖母の前に通されて、

「ばあさんと約束したしな。ちょうどタイミングも合ったから来たんやけど、遠いわ!!」

そう言いながら祖母に話しかける南坊さんの後ろで、
みんな嬉しそうにしていた。
私も嬉しかった。
なかなかに高難度な約束が果たされた瞬間に立ち合えたことに少しだけキュンときて、
お別れの涙とは違う涙が込み上げてきた。

私は祖母のことをあまり知らない。
会ったことも葬式までの間に5回くらいしかなかったし、直近の思い出といえば、孫の葬式に来てくれたお坊さんに「自分の時にも来てくれ」と指名していたあの姿くらいだ。
戦前生まれだし、きっと辛いことも悲しいことも沢山あった人生だろうとは想像できるけど、本当のところは何もわからない。

しかし、祖母の最後はみんなに
「おばあちゃん、良かったねぇ」
「来てくれはったでぇ。良かったやんか」
「おばあちゃん、嬉しいなぁ。ほんま、幸せ者やなぁ」
と、南坊さんの登場だけをネタにされ、
ちょっとしたロマンティックな雰囲気が漂った。

あの頃、私はまだ若かったから、
こんな時に不謹慎かなと思ったり、
関西の親戚たちに圧倒されたり、
我慢できずに笑ってしまったり、
それでもやっぱり悲しかったり嬉しかったり、
なんだかよくわからない感情を持ったけど、
今ある程度の年齢になってわかる。

人生は不思議で、
ちょっとしたタイミング次第なところも大きくて、お別れは悲しいけれど、
最終的には「良かったね」で送り出される人生には憧れる。

意中の人を指名したら来てくれた。
約束通りに来てくれた。
遠いのに遅れもせずに来てくれた。

「ばあさん!来たでぇ!」と、
南坊さんがガハガハ笑いながらヒーローのように登場したあのシーンを思い出したら楽しくなってきて、
私は今これを書いている。







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ミーミー こんなところまで読んでいただきありがとうございます!私に……良いんですか??嬉しくて舞い上がってます!!うひょー!!!