春になったら思い出すビールの味
2004年の春、
私は荒れていた。
あんなに憧れた「学校司書」という仕事を自ら辞めると決めて、
満足感とやってやるぞ感いっぱいで3月を全力で駆け抜け、
4月になった途端に、
心の中が空になった。
学校司書は最初の契約では3年契約だった。
それが途中で5年に延び喜んだものの、
4年目の途中で
「5年終了後は一旦全員切られるらしい」という噂を耳にして、
「あと1年で切られるのを黙って待っているだけなんて嫌だ!それなら切られる前に自分から辞めて新しい世界に飛び込んでやる!そうだ!国語の先生になろう!」と思ったのが、辞めることになったきっかけだ。
4年で辞めるとなってから、
私は謎の高揚感のようなものに包まれた。
勢いもあったと思う。
自分で決めたんだ!辞めてやる!
と、思うとなんだか力がわいてきた。
別れを惜しんで泣いてくれる生徒たちや、
労ってくれる保護者の皆さん、
毎晩送別会を開いてくれる同僚の先生方。
自らその場を去る、ということに酔っていたのだと思う。
甘く刺激的な3月を存分に味わうことができて、
私はとても幸せだった。
それが4月になった途端、
自分の居場所がなくなったことに気づき、
「どうしてあんなに好きだった場所と仕事を自ら手放したりしたのだろう」と、後悔の念でいっぱいになった。
元々、教員採用試験を受ける夏までは仕事はせず勉強に集中しようと思っていたが、
4月になり、
新年度がスタートすると、
自分だけ取り残されて、過去の人になった気がした。
最初の1週間くらいは友人と旅行をしたり花見をしたり「自由な春」を満喫していたが、
その後がダメだった。
4月も半ばになると、私は外出するのを億劫に感じるようになっていた。
自分が外に出るのもそうだが誰にも会いたくない。
毎晩自室で酒を飲み、
昼ごろまで寝ていた。
何もしたくないし考えたくない。
勉強?学校?
本当にやりたかったのかさえわからなくなっていた。
全力でゴールしたのに、
いつまでも再スタートできない自分が嫌で、
とにかく毎日「無」になって、酒を飲んだ。
4月後半。
司書時代にお世話になった、養護教諭のI先生からメールが届いた。
「元気かな?連絡がないから寂しいよ。ちょっと保健室に来れない?」と。
外に出たくないし、誰にも会いたくないのだから本当は断りたかったが、さすがにお世話になった先輩先生からの誘いは断れない。
私はしぶしぶ、放課後の保健室をたずねた。
私の顔を見るなり、I先生は驚いて、
「ちょっと、体重を計ってみて」と、保健室にある体重計を指差した。
「……え?体重?今ここでですか?」
「保健室でちょうど良かった。体重も身長も計り放題よ。着てる服の分、500グラム引いていいから」
私は言われるがまま、おそるおそる体重計に乗った。
「え……」
びっくりした。
年度末に飲み会が続いたのと、この1ヶ月近く引きこもって飲んでばかりいたからある程度の覚悟はしていたが、
普段の体重から6kgも増えていた。
「どうだった?」
と、I先生が私の背後から体重計を覗き込もうとする。
私は慌てて体重計から飛びおり、
「なんか……6kg増えてました」と報告をした。
「6キロ!?」
「はい。いや、でも6キロって……ねぇ。たった1ヶ月で6キロも増えないですよね。間違いかもしれません。ちょっともう一回計ってみます」
「いや、多分本当に6キロ増えてるんだと思うよ」
見たことのない体重になっていた本人よりも、
I先生の方がショックを受けている顔だった。
「ミーミー先生ね、顔も……自分で気づいてる?目が腫れてむくんじゃって大変なことになってる。何があった?この1ヶ月、どうしてた?」
私はこの1ヶ月の気持ちとひきこもり飲んだくれ生活についてI先生に素直に話した。
自分から大好きだった仕事をやめたというのに、うまくスタートがきれなくて、寂しくて後悔ばかりしていること。
人に会いたくなくて部屋で飲んでばかりいること。
今日、保健室を訪れるのが怖かったこと。
でも、それでもI先生から連絡がきたことと、今こうして話している時間はやっぱり楽しく嬉しいこと。
I先生はため息をつきながら、
「こんなことならもっと早く連絡すればよかった」と言った。
「せっかく思いきって辞めて新生活をスタートさせた人の邪魔はできないと思ってたから私も我慢してたのに。本当はね、5月にオープンするビアガーデンに誘おうと思ってたの。でも今の状態じゃ、とても連れていけないわ。オープン日まで2週間!毎日保健室に通って体重計に乗って6キロ落としなさい。来れない日があってもいい。でもなるべく来て。私とおしゃべりしたり、仕事を手伝ったりして、1日1回は体重計に乗ってちょうだい」
私はポカンとした。
「毎日、ですか?」
「毎日!」
「2週間で6キロ落とすのはさすがに無理じゃないですかね??」
「多分、2〜3週間で一気にそれだけ太ったと思うから、そのむくみをとって、生活を改善させるだけで元に戻せると思う。やってみよう!」
自分の体重にびっくりしたのと、
I先生の勢いに負けて、
私は「はぁ、やってみます」と約束してしまった。
翌日から放課後の保健室で私は、
I先生の仕事を手伝ったり、
おしゃべりをしたり、
勉強をしたり、
ダイエットに効きそうな体操をしたりして、
体重計に乗った。
夕方からとはいえ、毎日学校に行かないといけから、それまでのように飲んだくれるわけにもいかず、
規則正しい生活を送るようになった。
人と会うのが億劫になっていたはずなのに、
その期間中、沢山の先生方が保健室に遊びにきてくれるようになり、
たったの1ヶ月ぶりなのに楽しくてほっとして、
毎日笑って過ごせた。
するとみるみる体重は減っていき、
本当に保健室通い2週間でマイナス6kg。
もとの体重まで戻すことができた。
「せっかく痩せたのにまた飲みに行くなんてねぇ。でも今日はお祝いだー!」と、オープンしたばかりのビアガーデンに行き、先生方と飲んだビールのおいしかったこと!
まだデパートの屋上でビールを飲むのには、ちょっと肌寒かったけど、
達成感と、
人と会って話して笑うことの楽しさと、
I先生への感謝の気持ちと安堵で、
面白いくらいにビールがすすんだ。とてもやわらかな味がした。
今でも春になると思い出す。
春の、あの上がったり下がったりした気持ち。
自棄を起こして太った私と、それを救ってくれたI先生。
同じ春は来ないけど、
これからまたああいう春がきても、
あのビールの味と思い出だけで「よし!もう一度」と、進んでいけるような気がする。
この記事は、
「みんなのnote投稿コンクール」
#春になると思い出すこと 、への参加記事です。
もう20年も前の話ですが、
今春ちょうどあの春のようにうまくスタートをきれず落ち込んでいたところに、
コンテストの開催を知り、
「このコンテストをきっかけにまた書けるようになるかもしれない」と思いきって書いてみました。
みずのさん、そしてパーソナル編集者の皆さん、良い企画をありがとうございます。
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こんなところまで読んでいただきありがとうございます!私に……良いんですか??嬉しくて舞い上がってます!!うひょー!!!