カエルのゼリー
こないだのカエルがゼリーを売っていた。
「あれ?種の旅行社はもうやめたの?」
わたしがいうとカエルは怒った声で
「ぼくは前からずっとケーキ屋です」という。
「へえ、そう?」
絶対こないだは種の旅行を売ってたでしょ、と思うけど、ひょっとしたらわたしの勘違いかもしれない。
でもケーキ屋っていうにしてはゼリーしか並んでないから、ケーキ屋って名乗るのもちょっとおかしいんじゃないかしら?
そう思ったけれど私はカエルを怒らせないようにしようと決めているのでそれ以上追及しなかった。それより。
「それよりこれ、ずいぶん高いわね?」
カエルの前に並んだゼリーは3つだけ。
小さなカップに入った青いゼリーが3つ。
「カエルゼリー1つ千円」と筆で書いた小さな和紙が貼ってある。
カエルは鼻を鳴らして私をバカにしたようすで見たあとでためいきをつく。
「そう思うなら買わなくていいんですよ。欲しいお客さんがいっぱいいるんですから。一日に3つしかできない、あっというまに売り切れてしまう幻のゼリーなんですから。ふつう、こんな出来立てが3つも並んでいたら大喜びで買いますからね。
ずいぶん高いわね?なんていう人は初めてですよ。なにしろこれを食べたら…」
と言いかけてやめると、あとはカエルはまるで人形のように無表情になって黙ってしまった。いや、もともと無表情な人形なのかもしれない。
え…みんな大喜びで買うんだ…どんな秘密があるのかしら…
わたしはとても気になってもぞもぞした。
「ねえねえ、すてきなゼリーを作るすてきなカエルさん」
わたしは猫なで声で言った。
カエルは私の方をちらっと見た。
「このゼリー、どんな秘密があるのか教えてよ」
カエルは何も言わなかった。
「じゃあ、どんな材料なのか教えてよ」
カエルはちょっとだけ答えた。
「田んぼでとれたゼラチンとドロップですよ」
田んぼで取れたゼラチン…私は食べたくないな、と思った。
でもすぐに売り切れてしまい、なかなか手に入らないものだといわれると人はつい買ってしまうものだ。この前もとおりすがりの和菓子屋のおばあさんに得意げにそう言われ、どらやきを買ったっけ。そしてそれは確かにとてもおいしかった。
ごくり、と生唾をのみこんで私はカエルに千円札を1枚わたした。
「ひとつ、ちょうだい」
青いゼリーを食べるとわたしはトロッとした青い海の中にいた。
トロッとしているので、動きやすい。浮かびやすい。そして甘い。
わたしはすっかり楽しくなって、ソーダ味のゼリーを食べたり、泳いだり、浮かんで空をながめたり、ぎゃくに全然しみないのでゼリーの中で目を見ひらいて底をのぞいてみたりする。
ゼリーの海は意外に深くて底がみえない。
わたしは気になってもぐってみる。
いつもなら浮かんでしまってうまくもぐれないのに、ここはゼリーの海だから、わたしでもぐんぐん、もぐっていける。深いのに底が白い砂できらきらしているような気がする。きっとあそこに何か宝物があるのだろう。
いつか失くしたピアスについていた小さな真珠がそこにあるような気がする。気に入っていたベビーパールのピアス。もうピアスの穴なんてふさがってしまった。またあんな小さなピアスをつけたいな…
気がつくと私は机につっぷして寝ていた。
あわてて顔をあげる。
「よだれ」
と、どこからか(たぶん机においたカエルの人形から)声がして、私はいそいで顔をこすった。
カエルが種の旅行を売るお話はこちら。
