「父の日がしんどいあなたへ」
感謝できないわたしが、たったひとりのために書く、と決めた日
毎月22日は「健康を振り返る日」
でも……心が先にざわつくこともある
父の日の投稿にどうしてもなじめなかった、あの日曜日。
その理由と向き合ったことで、わたしはもう一度「書くこと」に向き合えた。
父の日投稿を見るたびざわつく心
2025年6月15日、日曜日。
薄曇りから雨に変わる予報。
なのに、朝からXのタイムラインはやさしさで溢れていた。
「天国の父に会いたいな」
「父のこと、大好きだったんですもの」
「父はわたしの人生の師でした」
「2ショットの写真、残しておいてよかった」
次々と投稿される、温かな思い出たち。
そこに並ぶ顔は、どれも柔らかく微笑んでいる。
けれど、わたしは仕事だ。
実家に帰るために休みをとるつもりなど毛頭なかったし、
父の日という名の「義務」は、少し前に済ませてきた。
『さつま黒白波』という焼酎のボトルを、わいろとして献上済だ。
今年もよくおつとめを果たしたね、わたし。
それよりも、気にするべきことがあった。
前日に出版した共同著書
『50代からもっと輝く! 私の人生の楽しみ方 Part2』
のランキングやレビューの方が気になった。
会社のビルのエントランスで
「仕事前の最後の確認」のために、スマホを取り出す。
習慣というかクセというか、何も考えずにXのアプリをタップしていた。
目に飛び込んできたのは
「どんな親でも、最後は感謝が残るものよね」という誰かの投稿。
……吐き気がした。
胸の奥で、何かがねじれるような痛み。
「悪かったな!どうせろくでもない娘だから感謝もできないよ……」
父を前にすると、
幼い頃に自分の中で封印した 「なんともいえない感情」がざわめく。
それでも、何事もなかったような顔でスン!としているしかない。
心の中ではずっと
「なんで、どうして、うちはこうなの?」
と叫んでいたのに。
書きかけの原稿が「怖いもの」にかわる
実はいま、家族の闇を描いた電子書籍を準備している。
双極性障害が悪化し、最終的に「レビー小体型認知症」と病名を変えた母。
幼いわたしと共に戦ってくれた母が、まだすべてを忘れる前に……。
その雄姿を記しておきたくて、3月末にどうにか下書きを終えた。
ただ、修正のコメントひとつひとつに考え込む。
しかも、完全に自分の責任なのだが、
いくら原稿を修正したとて、もう同じ先生からの添削は受けられない。
ストーリー形式で書く作品に完璧な答えはない、そう思っている。
でも!
「誰に何を伝えたくて、いったい誰が何を学び得る作品なんだろう……」
タイトルも、構成も、おおよそ決まっている。
だけど、このまま修正を進めるべきなのかわからなくなっていた。
理由はひとつ。
怖くてたまらないのだ。
「そこまで書かなくてもいいのに」と言う誰かの声が聞こえる気がする。
「感謝できないなんて親不孝」と責め立てられる文字が見える気がする。
頭ではわかっている。
読者すべてに好かれる必要なんてない。
それでも、SNSにある「優しい父の記憶」たちに囲まれると、
どうしても萎縮してしまう。
「あの空気の中に、この本は置けない」と、はっきり感じ取ってしまった。
「誰のために書いているの?」と、自分の問いが自らを締めつけてくる。
「周りにいる、全ての父親を……敵に回すかもね」
背筋が寒くなるくらいだ。
そんな時、あるメッセージが目に留まった。
「よくぞここまで……よくまとめました」
それは、1冊目の電子書籍に届いた感想だった。
とてもシンプルで、特に内容に触れられたわけではないけど。
それでも、その文字が認めてくれた気がした。
それから、改めて自分の書いた本のレビューを読み返した。
ひとつひとつ、おひとりおひとり……。
それぞれのあたたかい言葉で、
わたしの「痛み」を受け取ってくださったことに、
改めて気づかされる。
そして、忘れていた大切なことを思い出した。
わたしが最初に本を書こうと思ったとき
「届けたいのは過去の自分」だったことを。
それから、執筆につまづくたびに
「たった一人にちゃんとうけとってもらえるように!」
と、自分をふるい立たせていたことを。

わたしと似た「誰かのために」なら書ける
思えば、最初の動機はとても小さなものだった。
「こんな人も世の中にいるんだよ」と、ひとこと伝えたかっただけ。
大袈裟かもしれないけど、
わたしが生きて乗り越えたことを書き残したかっただけ。
それが誰かの心に触れるなら、それだけで十分だと思っていた。
でも、書くほどに視野が広がり、知らない誰かの声が耳に入ってきた。
「こういう話は読んでてしんどい」
「もっと前向きな本を読みたい」
「自分の方が命に関わる重大な病気を経験している」
そして、星の数もどんどん5以外のものがつき始める。
そうした状況に、
いつしかわたしは「たった一人の顔」すら見失っていた。
大切なのは「誰に届けたいか」を忘れないこと。
今度の本を届けたい相手は
「機能不全家庭で苦しんだかつてのわたし」のような人だ。
そして、今回の父の日のように、
ふとした瞬間にSNSの優しい「ファミリー投稿」に
胸をえぐられる誰か。
その人が、ひとり静かに電子書籍を開いたとき、
「これ、わたしの気持ちだ」と、少しだけ呼吸が楽になるような言葉を。
「あなただけじゃないよ」と寄り添う言葉を。
きっとわたしは届けたいんだ。
だからまた、宙ぶらりんな原稿に向き合おうと思う。
たとえ誰かに嫌われても、痛烈に批判されても、
ひとりくらいは賛同してくれるかもしれない。
自分が生み出したものには、責任を持たないとね。
父の日の1週間後、ちょうどわたしが勝手に決めた
「健康を振り返る日」がやってきた。
毎月その日に、手術の振り返りや、
そこまでに起きたわたしのことを綴ってきた。
でも……。
4月からなぜか22日あたりに、決まって体調不良に襲われている。
4月は脂汗レベルの腹痛で病院送り。
5月は、その時病院で決めた検査を受け、
なんと検査中に鎮痛剤が切れ、地獄を見た。
6月は、本業の多忙と人間関係の悩み、
そして、この「父の日」の感情を処理しきれず……
このままではメンタルダウンするだろうな、と思った。
心の健康は、意外と後回しにされがちだけど、
一度崩れるとどうしようもない。
いったん治ったと思っても、わりと長患いするものだ。
それも、母がからだを張って教えてくれたこと。
父の日から続いていた、あのざわつきとちゃんと向き合った今。
辛かったけど、ひとつひとつ書きなぐって心の断捨離をおこない、
やっと「たった一人に届ける覚悟」を取り戻した。
もしかしたら似ているかもしれないあなたへ
父の日がしんどい人が、あなた以外にもちゃんといる。
そして、声にならない思いを言葉にする誰かが、
きっとどこかにいる。
「書くこと」「読むこと」は、そういう孤独の橋渡しになる。
もしあなたも
「感謝できないひと」がいて「感謝できない日」があったとしても、
決して自分を責めないでほしい。
あなた以外にも、きっといるから。
すでに、ここにひとり、わたしがいるから。
そんなあなたにこそ、わたしの物語が届きますように。
最後まで読んでくださり、ありがとうございます。
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