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心の海を眺めるように― 書く瞑想 MAE Ymethodとわたしのストーリー①

「いい人」「きちんとした大人」でいようとしていた頃

私たちの心の中では、思考や感情が、海の波に浮かぶ泡のように、
浮かんでは消え、また浮かんでは消えていきます。

そんな泡を、波を、その波が生まれている海のような大きな心を、
あなたはどんなふうに眺めているでしょうか?


昔の私は、明るく笑顔で、人を嫌な気持ちにさせない「いい人」でいようと、無意識にがんばっていました。
そうできることが「きちんとした大人」だと思っていたんです。

「機嫌が全然変わらない人だね」と言われたこともありました。
そのときは「そうかな?」としか思わなかったけれど、
今振り返ると、私は自分の気持ちの揺れにすら気づかないほど、
「いい人」「きちんとした大人」であることを、無自覚に選び続けていたように思います。

遅くまで働いて、朝になれば自動的にスイッチが入る。
そんなふうに、戦うように毎日をこなしていた日々。
仕事は嫌いじゃなかったし、むしろ充実していたし、ちゃんとやれているという自負もありました。
だけど、「今、自分はどんな気分で、どうしたいのか?」
そんな自然な問いかけを自分にすることはなく、
忙しく予定を詰めて何かをすることで、むしろ自分を感じることから無意識に遠ざかっていたのかもしれません。

そうやって社会的な私は、毎日前に前にと進んでいるようでいて、人間としてただ生まれたままの私はいつの間にかだんだん遠くへ置いてきぼりになっていきました。


本当は、心の奥に浮かんでいた泡のような思考や感情を、
気づかないふりをしていたのかもしれません。
「見ないようにしていた」とも、「感じないようにしていた」とも言えると思います。

私が「自分を感じること」を大切にしたいと思えるようになったきっかけは、子育てでした。
子供を見ていると、好きと嫌い、快不快、笑うと泣くとどれもシンプルにそのまま。今どうしたいのか、したくないのかに100%直球です。そんな子供と一緒にいたら、あれ?私の好きは何?私はどうしたい?そんな問いが生まれてきました。

そして、初めての子育ては、思い通りにも予定通りにもいかないことばかり。わからないことだらけなのに、自分でどうにかしなきゃと頑張りすぎていました。
特に家族や子どもの前では、“機嫌が変わらない私”なんて、どこにもいなくなっていました。

それでも、溜まりに溜まった感情をノートに書き出すことだけはしていました。
書くと少しスッキリするけれど、また同じことを繰り返してしまう。
今思えば、それはまだ、「いい人でいよう」とする自分にしがみついていたからかもしれません。


見ないことが当たり前になりすぎていた私が、
「書く瞑想 MAE Ymethod」と出会ったことで、
自分でも気づいていなかった感情のかけらたちが、
ポロポロとペンを通してノートの上にこぼれ落ちてきました。

そのときのことは、また次回に書いてみようと思います。


このnoteでは、私が「書く瞑想 MAE Ymethod」と出会い、
自分の心とどう向き合うようになったのかを、少しずつ綴っていきます。

「いい人」「いい大人」でいる毎日を頑張ってきたあなたに、
心の海をやさしく眺める時間を届けられたらうれしいです。



🕊️ 次回予告
「見ないようにしてきた感情が、言葉になった日」
書くことを通してこぼれ落ちてきた、見て見ぬふりをしてきた心のかけらたちについてお話しします。



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