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「ゆるゆるゆるす」で幸せに辿り着いた私の世界の捉え方

こんにちは。
引き寄せを実践して、
40代で人生好転した主婦・みなかはるかです。

創作大賞に応募するために
エッセイを書きました。

いつもの記事とは少し違う書き方をしていて、
3500字くらいあります。

よかったら、お時間があるときに、
ゆっくり読んでもらえたら幸いです。



「早くして!間に合わないよ!!」
小学校4年生の娘が、2年生の息子に強い口調で言い放った。

のんびり屋でマイペースな息子が、姉の苛立ちを察し、いそいで靴下を履き、ランドセルを背負う。

もうそんな時間…
そう思った私は息子にかけより、ぎゅうぅっと「いってらっしゃいのハグ」をした。

娘にもハグしようとしたら、「そんな時間ない!」とにらみつけられ、「あらあら…」と思って何も言えなくなった私。

娘はその隙にドアを開けて、「いってきます」も言わずに出ていった。
ドアの向こうに見えた空は、どんよりと曇っていて、今にも雨が降りそうだ。

「傘を持っていったら?」と声をかけようとしてやめた。

「いってきま~す!」とまだ甲高いかわいい声で言いながら、娘を追いかける息子。

学校に折り畳み傘を置いてある。帰りに雨が降ったら、それを使うだろう。
午前中まで天気は持ちそうだ。
なにより今、娘に話しかけたら、雷が落ちてきそうだもの。

小走りで急いでいる2人に向かって、そっと「いってらっしゃい。愛してるよ」と声をかけた。

息子は振り返って手を振ってくれた。
随分と遠くまで行っていた娘には、聞こえなかったようだ。


ふうぅ…。あんなに焦らなくても、間に合うのにな。
そう思いつつ、ふと思い出す。

何年か前、私は娘と同じことをしていた。


幼稚園バスの乗り場に、2人を時間通り連れて行かなくてはならない。
歩いて、たった3分の道のり。
だけど絶対に早すぎても、遅くてもダメ。

早すぎると、待っている間に息子が「トイレ~」と言い出す可能性がある。戻ってトイレに行く時間がなくて、困り果てる。

ちょうどいい時間に息子をトイレに連れていき、早くもなく遅くもなく、ぴったりの時間にバス乗り場に着かなくてはならない。

まぁ、そうやって私がどんなに頑張ったとしても、幼稚園バス自体が早かったり遅かったりするのだけど。

融通のきかない私は、毎朝これだけのことに神経をとがらせ、子どもたちの一挙手一投足に苛立っていた。

いま思うと、「やれやれ…」だ。


今朝の娘の態度や表情は、当時の私そっくりだった。
そんなふうに朝をはじめたら、一日のはじまりから消耗してしまうよ。

娘が学校では気持ちを切り替えて、楽しく過ごせているといいな。
そう思えるくらいに、今の私の気持ちは穏やかだ。

これも、ちょっと前だったら、娘のイライラをまともに受け取ってしまい、私までイライラして、最悪の朝から、最低の一日をはじめていた。


私は、つい5、6年前まで、腹の底にどす黒い闇を抱えたまま、終わりのない「自分探し」「幸せ探し」を続けて、人生に疲れ果ていた。

内向型で読書が趣味の私は、人生がどうにもうまくいかなくなったとき「引き寄せの法則」に関連する本を読みあさった。

本の中で紹介されているワークなどを片っ端からやってみて、効果を感じたら習慣にして、自分の中にどんどん落とし込んでいった。

そんな生活を1年くらい続けたある日、私の世界を常に霧のように覆っていた漠然とした不安が、消えてなくなっていることに気がついた。


かつての私は、すべてを自分の思い通りにしたくて、でもできなくて、モヤモヤして落ち込んだり、イライラして怒りを爆発させたりしていた。

こうなったのは私のせいじゃない!!育った環境が悪い。社会が悪い。時代が悪い。

そうやって、うまくいかないことを誰かや何かのせいにし続けていた。


そんな私が今は、「私の現実は100%私の思考が創っている」という世界の捉え方を採用している。

このことが、科学的に間違ってるとか、スピリチュアル的に正しいとか、私としてはどうだっていい。

人に説明するときは、それらしい理屈を並べたりするけれど。

私が本当に大切にしているのは、世界をそう捉えることで、私の心が穏やかになり、生きる喜びや楽しみを感じられるようになったということ。

他に何が必要だろうか。

たとえ、あなたと私が別の道のりを選んだとしても、そこに辿り着くことが喜ばしいと思う。自分に合ったやり方ならいいじゃない。


娘が時間に縛られて、「絶対に遅れてはいけない。失敗は許されない」と焦ってイライラしている朝。

私は、過去の自分が潜在意識にため込んできた思考が、現実化するのを見ていた。


わざわざ自分で自分を苦しくしていた。

私を焦らせていたのは時間そのものではなく、「絶対に遅れてはいけない」「ダメな人だと思われる」「誰かに認めてもらわないと私には価値がないんだから」と、私を限界まで追い詰めていた自分自身。

もうやめよう。焦らなくて大丈夫。

1分ごとに時間を気にして、ピリピリした冷たい空気の中で準備しなくても、心穏やかに、いつも通り淡々と過ごせば、それほど困った事態にはならない。

むしろ、なぜかうまくいくことのほうが多いように感じている。

万が一、時間に間に合わなかったら、それはそれで対策を考えよう。

誰だって不測の事態で、時間に遅れてしまうことはある。それで私の人間としての価値が損なわれることはない。私は、そんな懐の狭い世界で生きているワケじゃない。


「ただいま~」元気な声で帰ってきた娘。

午前中の曇り空が噓のように、長い梅雨の合間、久しぶりに太陽が顔を出した。

「おかえり~」私は台所で洗い物をしながら声をかける。

バタン、ドサッ、タンタン、タタタタタ…

「朝はひどい態度でごめんなさい」
娘は私に駆寄ってきて、後ろからぎゅうぅっと抱きついた。

走って帰ってきたのかな。たくさん汗をかいていて、体温が高い。

「ゆるすのが先」という言葉が不意に心に浮かんだ。
そもそも私は怒ってもいなかったのだけど。

「大丈夫だよ。おやつにしようか」
私は手を止めて、娘の顔を見た。

朝からずっと気にしていたとしたら、かわいそうだったな、と心配したのだけど、娘の表情は明るい。

学校では気持ちを切り替えて、楽しく過ごせたようだ。ホッとした。


10歳の娘と、7歳の息子、40代後半の私の3人で、おやつにスイカを食べた。

2人は学校であったことを、私に話したくてしょうがなくて、同時にしゃべるものだから、内容が半分くらいしかわからない。

「うん、そっかー。よかったねー」
にこにこして相づちを打ちながら、私の心の中には「ゆるすのが先」という言葉が静かに座っていた。


ゆるすのが先…

私は娘に謝ってほしいと思ってはいなかった。そもそも怒ってもいなかったし。

ゆるゆるとゆるんで、ゆるしていた。
娘の態度を。娘の存在を。


私は人生の前半、自分の母親に怒り続けていた。

「宗教にハマって借金を抱えた母親が不幸なのは、育てにくい私が生まれてきたせいだ」という罪悪感と同時に、全く逆の思い「私が不幸なのは母親のせいだ」という激しい怒りと恨みを抱いていた。

私は自分が不幸であることで、母親に仕返しをしていた。
ずっと「お母さんのせいでごめんなさい」と謝らせたかった。


人生の後半、「私の現実は100%私の思考が創っている」という世界の捉え方を採用した私は、私が不幸である必要はないことに気がついた。

私は40歳を過ぎても、私の人生がうまくいかないのを母親のせいにして、「私は悪くないもん!」と、小さな子どものように甘えているだけだった。

ひとりひとりが、自分の人生を自分で創っている。

私が不幸なのを誰かや何かのせいにしなくていいし、私が幸せになるために、誰かや何かの許可が要るワケでもない。

「私が不幸であることで母親に仕返しするなんて、ちゃんちゃらおかしい」そう思えた私は、自分で創った不幸や怒り、恨みを、ゆるゆると手放しはじめた。

ゆるゆるとゆるんだら、母親のことも、自分のことも、ゆるせていた。

もう、謝ってほしいなんて思わなくなった。


そんなとき、10年以上音信不通だった母親と、連絡が取れるようになった。

何度か電話をして、お互いの近況報告とか、軽い雑談なんかもできるようになった。

「お母さんのせいでごめんね。ずっと、はるかに謝りたかった」
そう言われて、びっくりした。

少し前の私だったら、
「そうだよ!全部お母さんのせいだ。お母さんのせいで私は不幸になったんだ。絶対許さない。一生恨んでやる。最低の母親だ」と、ここぞとばかりに罵詈雑言を浴びせただろう。

今までの私の苦しみを味わえと言わんばかりに攻撃して、思いつく限りの言葉の暴力で傷つけたかもしれない。


ゆるすのが先。

謝られたのが、ゆるしたあとでよかった。

「お母さん、私は今、とっても幸せだよ。私を生んでくれてありがとう」

電話口に、母の嗚咽がしばらく聞こえた。
そのあと、安心したように、自分も幸せに暮らしていることを話してくれた。

私の現実は100%私の思考が創っている。




最後までお読みいただきありがとうございます。

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