なぜか社長に気に入られて、最後は嫌われる話
あらすじ
なぜか私は、社長に気に入られる。
そして、最後は嫌われて終わる。
転職先で出会った社長は、私の経歴を「面白い」と笑った。
その日から始まったのは、仕事と呼ぶには曖昧な、長い“会話の時間”。
相手が話しやすいように、無意識に引き出してしまう。
それは私の強みのはずだった。
気づけば、仕事と感情の境界は曖昧になり、
関係は少しずつ歪んでいく。
期待に応えようとするほど、何かがズレていった。
これは、
「好かれること」と「働くこと」の違いに気づくまでの話。
プロローグ
なぜか私は、社長に気に入られる。
でも、最後は嫌われて終わる。
実際に、辞める羽目になった、
会社の社長の話だ。
第1章:好かれた理由
「君の経歴は面白いね、うちの会社でどんなことがしたい?」
私の経歴は、転職10社。
営業から採用、バックオフィス全般、
保育にシェルター、ピラティス講師と、
一貫性のないキャリアに見える。
でもこの社長は、それを「面白い」と好意的に見ていた。
「率直に申しますと、今回のポジションの、経理は経験もなく、向いている方ではありません。でも正直に言うと。」
応募しておいて、できないという私もどうかと思うが、こういうことを平気で言うことで、
次の自分の強みが際立つことを、私は知っている。
お約束で、この後自分が得意なことを語り、
お決まりの「自分の強みを御社で活かしたい。」と言い切った。
社長は声を出して笑った。
「向いてないと思ったよ。君は営業か、それか対人業務だろ?」
そう私を認めてくれた。
その後は面接というより、介護士が80歳近い社長の話を、うんうんと笑顔で話を聞く場面に移行した。
最後は満足そうに別れた社長。
人材会社経由で、もらった面接のフィードバックは、好評。ポジションは決まってないけど、とにかくうちに来て欲しい。という何とも摩訶不思議なオファーだった。
このときは、まだ転職できた喜びに湧いていて、楽観的に考えていた気がする。
第2章:一日2時間傾聴タイム、終わらない会話
入社してすぐ気づいた。
あの面接の延長みたいな時間が、想像を超えて頻繁にやってくる。
そもそも、ポジションの決まってない私は、毎日仕事がない。
自分で探して、提案して、実行する。
そうやって自発的にやるしか生き残れない。
否応が、「おーい、中田くん」と呼ばれると、
二つ返事で隣の社長室に飛んで行かなければならない。
内容はさまざまだった。アナログなのでメールは紙に出力して渡す、新聞も見えるところに置いておく。
一応これは秘書的業務でまだ良い。
実際にかっこいい業務もあった。
採用課題の解決や、イベント運営の調整、広報との連携。
でも、明らかに大半は社長の昔話、武勇伝、そして、ほんのちょっとした弱気な話。
社長はその辺では名前を知らない人はいない、名物社長で、80歳手前にしてもなお現役。
AIも頑張って活用しようと私にやり方を聞いてくる。
そこは賞賛に値する。
ただ最初は上流の仕事の話なんだが、
なぜか、気付くとどんどん脱線してしまう。
それはプライベートな話に及ぶ。
釣り旅行で行った先の地図を見せられ、魚の名前はちんぷんかんぷん。
孫との北海道旅行がこの上なく楽しかった話。
もちろんチケットは私が取っている。
気づくと1時間、2時間はざらだった。
座り心地の悪い椅子に、じっと背筋を正して座り、大袈裟に反応しながら、タイミングを図って相槌や質問を続けていた。
そもそもそんなことするために入社したんじゃない、とも思っていた。
社長は直接相手を褒めない。
でも周りの人に私のことは、「できている」、「気に入っている」と余計なことを言ってくれていた。
特別扱いは火種のもと。やめて欲しい。
第3章:話し心地-心地よさの正体
社長の"雑談"と、私の"独占"はエスカレートしていった。
わたしの無意識の相槌が、「そうだろう!」と共感を感じさせ、さらに気持ちよくさせてしまっていた。
また、言葉に詰まったり、考え込んでいると、咄嗟に何が言いたいか、分かってしまい、助け舟を出してしまう。「そうだよ、それだよ!」とまた会話が続くきっかけを与えてしまっていた。
そして今日も嬉しそうに、毎朝「おい」と私を呼ぶ。それを楽しみにしていたかのようだった。
これは全部、私がする無意識の癖だったのかもしれない。
つい傾聴してしまう。
気づけば、相手はどんどん話し出す。
そして、深いところにするりと入り込んでしまう。
簡単に、"信用たる人"と認定されてしまう。
聞こえはいいが、これは一歩間違えると、
紙一重の、危険な人間関係だった。
第4章:共依存、境界線が消えた日
この頃の私は、社長の話はルーティーンだと思って、快く寄り添っていた。
でもふと気付いた。呼ばれない日もあったのだ。
ソワソワした。
「中田くん、今日はいいのか?」
珍しく社長から声がかからなかった日、廊下ですれ違ったときにそう言われた。
「いえ、大丈夫です」
とっさにそれしか言えず、内心ほっとしている自分と、少し不甲斐なく感じている自分がいた。
何で呼ばれないんだろう。
機嫌が悪いのかな。
社長の顔色を窺うようになっていった。
社長は相変わらず、周りの人には私の自慢をし、囲いこむように、"私なしではいられない"そんな挙動を見せていた。
私もしかりだった。
周りの人はこう言う、「中田さんは社長に気に入られてるから、何言っても大丈夫だよ。」なんかトゲのある言い方に感じた。
社長との歪な関係は、周りにも影響が広がっていったのだ。
ある日、私では役不足な仕事を社長から言い渡された。
「新しい店舗をお前に任せる、企画から実装までやってみろ」
これが、私たちの関係が崩れるきっかけになるとは、このときはまだ思っていなかった。
第5章:期待値のズレ
新しい店舗。
正直、不安はあった。でも、やるしかない。
ここまで関わってきたんだから、なんだかんだで期待には応えたい。
ただ、話が噛み合わないことが増えていった。
毎回言うことが違う。
どれだけ自分で考えてきても、社長の一声で意見が覆される。
私はだんだん、このプロジェクトは、社長の自己満足、意味をなさないと感じていた。
私は"仕事"として進めていた。
でも社長は"自分の期待に応えること"を求めていた。
ある時から、社長のお気に入りは別な人に移っていた。
依存してたのは、私だけになっていた。
そこから私は、リーダーのはずが、お気に入りに指示がいくようになった。
要するに、亡き者とされ、無視されていたのだ。
ミーティングでも、一度も目が合わず、
名前も呼ばれることもなかった。
苦痛な時間だった。
求めていたのは、成果ではなく、
“自分の思う通りに動くこと”だったのかもしれない。
あの頃から、何かが少しずつズレていた。
倒れそうなジェンガのように。
第6章:共依存の先の孤立"線引きされた瞬間"
この頃には、話をするために呼ばれることはなくなっていた。
用があって社長室に行っても、「他に何かある?なければもういいよ」
とあしらわれ、早々に退散した。
会議では、お気に入りさんに話が振られる。そこは私の場所だったのに。
会議室にも、社長室にも、私の存在は、ないのと同じになっていた。、
あぁ、もうだめかもしれない。
短期間でのこのギャップの落差。
私は何を間違えたんだろうか。
ひとり車の中、狭い空間で考える。
エンジンはかけたが、しばらく動き出せなかった。
そして出た答えは、
やっと気づいた。
私は、仕事をしていたんじゃなかったのかもしれない。
エピローグ
あの会社は辞めた。
振り返ると、あの関係は歪で、
精神的にも、あまりいい状態ではなかった
私の得意と言えることは、相手の話を聞くこと。
相手が気持ちよく話せるように、無意識に引き出してしまう。
それは強みでもあるけれど、境界線を持たないままだと、簡単に関係は崩れる。
あのとき私は、「仕事」をしていたつもりだった。
でも実際にやっていたのは、相手の期待に応え続けることに、それを必死に続けていたのかもしれない。
今は、少しだけ考え方が変わった。
それでもきっと、また同じように人の話を聞いてしまう。
根本的に人のことが好きだから。
ただ、今度は少しだけ、
線を引ける気がしている。
多分、前よりは。
