短編エッセイ|空気を読めば読むほど私が消えていく
半年前の自分に
一番読ませたい記事でした。
「空気を読むことは悪いことじゃない。
でも搾取されるのは違う。
「まぁいっか」ができると、
自分が一番楽になれる。」
「空気を読めば読むほど、
自分が消えていく」
「ありがとう」がないことに傷ついたんじゃない。
気付かれなくて、私が消えてしまったことが苦しかった。
いつも空気を読んで先回り。
相手が楽になるように動いてた。
でもそれは、相手からしたら、
頼んでもないことだったかもしれない。
勝手に期待して、
勝手に疲れて、
勝手に傷ついていた。
恥ずかしくて消えてしまいたくなった。
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彼女は友人というより、家族ぐるみの付き合いだった。
だから余計に空気を読む。ただの友だちではないから。
一緒にゴルフに行く日、迎えに行ったのは私の方。
彼女は免許を持っていない。
空気を読んで生きてると、認めてもらいたい自分がひょっこり顔を出す。
今回も私はほのかに期待した。感謝の言動を。
「今日はよろしくお願いしまーす!」威勢はいい。
私はなんとなくコンビニを探す。
期待してしまった。飲み物とか買ってくれるかなって。
期待は外れた。
普通にゴルフは楽しめた。
「帰りもよろしくお願いしまーす!」
帰りこそ何か期待した。お菓子とか、何か小さなお持たせみたいなのを。
また期待が外れた。
彼女は悪気なく、無邪気に帰っていった。
それが当たり前かのように。
この日はまだいつもの自分を保っていた。
「まぁそういうこともあるよな。」いつものように自分に言い聞かせた。
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また同じシチュエーション。同じことが重なった。
その頃には、
車を出すとか、
運転するとか、
そんなことより、気を使い続けることに疲れていた。
帰り道は、静かに帰りたい。
疲れてるから。
でも私は、運転しながら話題を探し、話を振り、
空気が止まっちゃわないように、しゃべり続けていた。
自分に言う。そんなことしなきゃいいのに。
普通の人ならそう思う。
これは癖。
わたしのOSは常に空気を吸っては読みを繰り返す、
そういう仕様になっているのだ。
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彼女は本当はそこまで悪くない。
ただ私は、 「今日は静かに帰りたい」 が言えない。
わたしのOSは、そういうことを口にできない仕様になっている。
空気を“読まれる側”の人なのかもしれない。
そして私は、空気を読むことが、
人と繋がれる方法だと思っていた
きっと「今日は一人で帰りたい、
ちょっとごめん」って。
ただ言えばいいだけなんだ。
それがどうしても言えない。
だからせめて、帰り道の音楽だけ、自分のプレイリストを流す。
少しだけ、いつもの自分を取り戻せそうだ。
▶︎この話も、全部繋がっています。
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▶︎お前はダメだシリーズ1作品目
▶ この癖の起源「私なんて」シリーズ
「私のOSは母が作った」
