【夢の不思議】燃え盛る炎の夢
夏の陽炎がゆらゆらと地面を舐めていた、あの日の記憶からお話ししましょう。
広島の街は、どこか遠い記憶を抱きしめたまま眠っているような、不思議な静けさに満ちていました。厳島神社の鳥居が海に溶け込み、お好み焼きの香ばしい匂いに誘われて、私たちは家族の時間を刻んでいたはずだった。

けれど、あの日。
私は気乗りしないまま、あのドームの前に立っていたのです。
無残に剥き出しになった鉄骨。その奥底、底知れぬ暗がりの向こう側から、無数の「視線」が私を射抜きました。突き刺さるような恐怖と、胸を締め付ける悲しみ。言葉にできない、どろりとした何かが全身を駆け巡ったその時でした。
「ここ、すごく熱いよ」
娘がそう呟き、吸い込まれるように川へと走り出したのは。慌てて彼女を抱き留めた私の腕には、真夏だというのに、凍りつくような戦慄が残っていました。
光と影が交錯するこの世界には、時として、人の理では測り知れない「澱み」が残る場所があります。かつて多くの涙が零れ、激しい熱に包まれた地。そこには、歳月を経てもなお消えることのない情念が、地層のように積み重なっているのです。
私たちは、つい好奇心や旅の記録として、そうした「惨劇の跡」に足を踏み入れてしまいます。
しかし、目に見える風景の裏側には、時に抗いようのない「視線」や、時空を超えて伝播する「熱」が潜んでいます。
安易な気持ちでその境界線を越えることは、眠っていた何かを呼び覚まし、自らの身に引き受けてしまうことにも繋がりかねません。
その夜、ホテルのベッドで私は深い淵へと沈んでいきました。
夢の中に現れたのは、一体の日本人形。それは、真っ赤な炎に包まれながら、一歩、また一歩と私に詰め寄ってくるのです。
逃げ場のない熱。燃え盛る色彩。私は悲鳴とともに、現実の世界へと這い上がりました。
旅行から戻ってからも、影は私を離してくれませんでした。止まらない鼻水、疼くような頭痛、そして身体を焼く熱。
ついにある夜、これまでに経験したことのない衝撃が、私の頭を叩き割るように襲い、同時に左側の世界から音が消えました。
翌朝、診断は中耳炎。緊急手術。あの日を境に、私の左耳が運んできてくれる音は、遠く、薄くなってしまった。
もし、ある場所に立ったとき、肌を刺すような違和感や、得も言われぬ恐怖を感じたのなら、それはあなたの魂が発している警鐘です。
その声に耳を貸さず、踏み込みすぎることは、時に取り返しのつかない代償を伴うこともあるのです。
あの燃え盛る日本人形は、私に何を伝えようとしていたのか。
その答えは、今もあのドームの湿った風の中に、静かに隠されたまま。
安易に、触れてはならない場所がある。
それを、私はこの耳の静寂とともに、一生背負っていくのでしょう。
