第1話 失われた居場所
「お姉ちゃんなんだから、我慢しなさい」
それは命令ではなく、
万能薬のようであり、封印の呪文でもあった。
その一言は、私の言葉を封じ、
感情を鍵のかかった部屋に閉じ込めた。
“いい子”でいるために、
私は自分の素直な気持ちが生まれるたびに、
そこに無理やり押し込んだ。
“お姉ちゃんらしく”あろうとするたびに、
無邪気で素直だった子どもの私は、
声を失い、「ちゃんと」いなくなっていった。
妹が生まれるまでは、
私は家の中心だった。
古いアルバムには、
満面の笑みを浮かべる幼い私が写っている。
「可愛いね」「えらいね」
それらはすべて私に向けられた言葉で、
写真の中の母の視線は、確かに私だけを見ていた。
一度だけ、母とクッキーを焼いた記憶がある。
甘い香りと、優しい母の横顔。
思えば、
あれが母との記憶の頂点だったのかもしれない。
妹が生まれた日、
世界の中心は、静かに移動した。
褒め言葉のすべては妹に向けられ、
私が中心だった時間は、
粗雑に扱われたクッキーのように、
脆く崩れていった。
事あるごとに、
「お姉ちゃんでしょ!」と叱られ、
我慢することが増えた。
何かを達成しても、
「お姉ちゃんだから」できて当たり前。
私の居場所は、
真夏の正午の日陰のように、
じわじわと狭くなっていった。
母はいつも忙しそうで、
私の声は、その横を通り過ぎる風のようだった。
妹をあやす母を見つめながら、
私は思った。
「私は、もういらないの?」
甘えようとするたびに、
“お姉ちゃんなんだから”が、
丁寧に私を黙らせた。
「好きでお姉ちゃんになったわけじゃない」
そう言いたくても、
言葉にはならなかった。
怒られたくなくて。
笑ってほしくて。
私は母の顔色をうかがい、
“いい子”を演じた。
褒められたくて、家事を覚えた。
だけど、洗濯物を畳んでも
「ありがとう」は台詞のようで、
皿を洗う水音は、
誰にも届かないラジオのようだった。
どれだけ頑張っても、
振り向かない母の背中を見ながら、
私は思った。
「私、何か悪いことしたのかな」
答えは、どこにもなかった。
(妹のせいだ。)
理不尽にそう思った。
心の底から妹が邪魔だと思った。
それでも、心がざわついたときはお菓子を作れば無心になれた。
材料を混ぜ、生地が膨らむ間、オーブンの前にかじりついて、生地が膨らむ様子を見ているのが好きだった。
初めてアップルパイを作った時、母が「すごいね!」
と笑ってくれた。
その笑顔は曇り空に差した一瞬の光みたいだった。
その笑顔をまた見たくて、図書館でレシピ本を読み漁り、参考になる分量やコツをノートに書き写してまた作った。
「できたら食べさせてくれる?」
そんな言葉を待っていた。
けれど返ってきたのは、
「また作ってるの?片付けちゃんとしてよ」
その一言で、張りつめていた糸がぷつんと切れた。
それから、お菓子作りは現実逃避の手段でしかなくなった。
