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台湾とは?

日中外交秘録第2弾として台湾問題について取り上げる。垂氏によれば、台湾の人口構成は次のようになっているという。

 本省人(1945年以前から台湾に住んでいた人) 85%
 外省人(1945年以降大陸からやってきた人々) 13%
 原住民                   数 %

このうち親日的なのは本省人(ほんしょうじん)に多く、外省人(がいしょうじん)の中には戦争中の記憶を今も引きずって中国大陸より反日的な人もいるという。本省人のある人物は外省人を「あいつら」と呼んでいたという。へー、そうなんだ。

本省人と外省人の対立については「NHK 映像の世紀 バタフライエフェクト ―台湾130年の傷痕ー」(2025年6月30日放送)が面白かったので以下で簡単に紹介しておく。

日本は日清戦争で勝利をおさめ台湾を植民地にした。それ以来、第二次世界大戦で敗北するまでの50年間(1895年~1945年)日本が統治した。

日本が敗れると台湾の人々は、ようやく日本の植民地から解放されると、大陸から外省人がやってくるのを心待ちにした。ところが、外省人は政治の主要ポストを独占し、本省人を見くびったため本省人の間に失望が広がった。

本省人と外省人の亀裂は深く、本省人は国民党に入党することを拒み、本省人の女性が外省人と結婚すると実家から絶縁された。そうした対立がピークに達したのが1947年2月28日に起きた「二・二八事件」である。本省人が多数殺された。

その後、国共内戦(1946~1949年)で毛沢東に敗れた蒋介石は100万人の外省人とともに台湾に逃れ、中華民国政府を台北に移した。蒋介石は1949年に戒厳令を布いて集会・結社・デモ・ストライキなどの民衆の権利を奪い、国民党は他の一切の政党の活動を認めないという軍事独裁政治体制をつくった。戒厳令は1987年まで続いた

一方、アメリカは中国大陸を失った蒋介石をいったんは見放したものの、朝鮮戦争をきっかけに、台湾の持つ地政学的メリットから再び台湾を支援するようになる。しかし、1971年のニクソン訪中をきっかけに、国連代表権は中華人民共和国に移り、台湾は国連から追放された。

1975年、蒋介石が死去した後、息子の蒋経国が後を継ぐ。蒋経国が1988年に死亡すると、国民党副総統であった李登輝が総統の地位に就いた。台湾で初めての本省人の総統誕生であった。台湾の民主化は1980年代後半から始まったが、その後、李登輝は1996年に初めての国民による民主的選挙で総統に選ばれた。

習近平にとって、台湾統一は悲願である。そうした中で2025年11月、高市総理大臣の「台湾有事発言」(中国が台湾を攻撃した場合、日本は自衛隊で対応できる)があった。

垂氏も「台湾は日本の安全保障の生命線である」(上掲書p467、「日本の安全保障には台湾が不可欠」(上掲書p468)と述べている。しかし、その理由についての明確な説明はなかった。私にはよく理解できない。

台湾が多いのは有事に備えて資産を移転しているとの見方もある

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