アメリカ世:1946年1月2日(水)
死せる日本兵 米兵を殺害
(1/2/1946、シカゴ・トリビューンより)
死せる日本兵 いまだ米兵殺害
戦争が終わって数カ月後も、沖縄では、埋葬されていない日本兵の死体や放棄された装備に仕掛けられたブービートラップにより、アメリカ兵が死亡していたことを、ルーサー・M・ロランス海軍中佐(エズモンド街11024番地在住)が昨日明らかにした。同中佐は最近、同島での海軍主任外科医としての任務を終え、最終休暇で帰国したばかり。
「日本兵の死体は、今なお、ほとんど接近不可能な場所で発見されることが多かった」とロランス中佐は語った。「その多くはブービートラップが仕掛けられており、私が島を離れる時点まで、我々の兵士が、死体、骸骨、装備品に触れて不本意にも手榴弾を作動させ、1日あたり5名から20名の死傷者が出続けていた」
ロランス中佐は1942年2月に軍務に就き、本日民間での診療活動に戻る予定。一人の息子、ルーサー・ジュニア軍曹は現在日本におり、もう一人の息子、ロバート伍長はフィリピンにいる。

沖縄諮詢会
協議会(午後2時〜)
(司法・俸給)
前門委員:
裁判長、検事長を統一し之を判事、検事としたい。
大審院の終審院まで考へたい。
裁判官は行政官の下位に置きたくない。
司法・立法・行政を別にしたい。
司法官を行政官と同等に認めたい。

仲宗根委員:
俸給原案は(1)より(14)階級まで成り一〇〇円より六〇〇円までの段階になってゐる。
諮詢会委員及裁判長は十四階位に置く事にする。
(沖縄県公文書館より)
