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【読書記録】国宝 下 花道篇を読み終えて

「花道篇」では、芸の道を究めていく人生が
苦難もあり、華やかにも、めまぐるしく展開していく。
歌舞伎の世界において、御曹司として生まれたライバルか、その才能を見込まれた主人公なのか…「血なのか才能なのか」という問いを持って
読んでいた上巻でしたが、
そこに描かれていたのは
歌舞伎に魅せられた男たちの孤独と哀しみでした。

男なんて生き物はしょせん、しょうもない生き物だ、と思うのですが(個人的見解です)、
吉田さんが描く男たちは、
常に哀しく、孤独で、切なさに胸が締め付けられる。
こんな風にしか生きることができない男を、
愛するしかないじゃないか、と思ってしまうのです。

花道に立った男たちは、順風満帆に見える人生の中で
必死にその芸を磨き、孤独と闘い、
また孤独になっていくのです。

自分が孤独であることを、主人公が突きつけられる瞬間があります。
娘から罵られ、いかに自分が孤独であるかを痛感し、
自分自身を顧みるシーン。

ある夜、まだ小学二年生だった綾乃を近所の銭湯に行った帰り、
白川の畔の小さな稲荷神社に寄りまして、
二人並んでてを合わせたときでございます。
「お父ちゃん、神様にぎょうさんお願いごとするんやなあ」
と、喜久雄のやけに長い参拝に、横で綾乃が笑いますので、
「お父ちゃん、今、神様と話してたんちゃうねん。悪魔と取引してたんや」
「ここ、悪魔いんの?」
「ああ、いるで」
「その悪魔と、なんの取引したん?」
「『歌舞伎を上手うならして下さい』て頼んだわ。『日本一の歌舞伎役者にして下さい』て。『その代わり、他のもんはなんにもいりませんから』て」
その瞬間、綾乃の目からすっと色が抜けました。
「…悪魔はん、…なんて?」
『分かった』言わはった。取引成立や」
あの帰り道、喜久雄は手を引いていたはずの綾乃の顔を、一度たりとも見ておりません。いや、実際には見たのでしょう。そこに浮かんでいた悲しみを感じ取った記憶もあるのでございます。しかし喜久雄は見てみぬふりをした。愛する娘の思いより、子どもじみた悪魔との取引を守ろうとしたのでございます。

それでも…喜久雄は舞台に立ち続けるのでございます。

このような世界が、あるのかもしれない…と、
それを、その世界を、垣間見させてくれた吉田さんに
感謝の一冊でした。

実際の歌舞伎の世界がどうなのかはどうかは知らない。
そういうことではなくて、
吉田さんが思い描く歌舞伎の世界にこそ、
私は魅せられてしまったのです。


#推薦図書

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