【連載小説】「みつばち奇想曲(カプリース)」第二十話
友梨ならどうするだろう。友梨ならば、外出禁止令が出ている中でも寮から脱走し、白雪のことを、そして、十七年前に消えた叔母のことを調べ続けるだろうか。
白雪が病気で自宅療養しているなんて、今でも信じられない。もし誰かが何かを知っているならば、すぐにでも話を聞いて安否だけでも確認したい。
しかし、寮から少し抜け出しただけでも、見つかれば重い処分が下るのは避けられない。そうなれば、来年にパリへ行き、父とルーヴル美術館に行くという目的が果たせなくなってしまう。友梨のように私物を元に生徒と取引をし、物事を推理していくなんてことが、たったひとりでできるはずもなかった。
「はぁ、いつまで部屋にいなきゃいけないんだろう」
部屋にとじ籠っていると、ため息と独り言が増える。
事故の後、学院内も寮の中も、異常なほど静かだ。事故から一週間経っても、生徒の話し声ひとつ聞こえてこない。他の生徒たちは、自習をして過ごしているのだろうか。
そういえば、大きな事故が起きたというのに、クレール女学院大付属病院の救急隊が安見と奈那を運び出して以来、サイレンの音を聞いていない。部屋の窓からは、ホール「シーニュ」に唯一繋がる渡り廊下を眺めることができるが、この一週間でそこを通ったのは、ふたりの教師と生徒会のメンバー、そして、現場に居合わせた運営補助の数人の生徒だけだ。警察など学院外の者は誰一人として見掛けなかった。
「一体、どういうこと……?」
誰も何も言わないが、それが普通でないことだけは分かる。
「何かおかしい。友梨に報告しなきゃ」と、机の引出しからレターセットを取り出すと、便箋にペン先を立てたところで手を止めた。
「ある年は教師が、ある年は生徒が。誰かが突然姿を消しても、誰も何も言わない。いいえ、言えないの。誰かが不自然に姿を消したとしても、事件にもならず、ニュースにも新聞記事にもならない。誰にもどうしようもできないことが、この学院にはあるの」
食堂で友梨と聞いた、さくらの言葉がよみがえる。
あの時、さくらはこの学院で「特別」だという「金刺繍」の校章を持つクララを怖れていた。その力はとても大きなもので、教師さえどうにもできないものだと言う。
しかし、どんなに力があろうとも、たったひとりの少女の意向で誰かが突然消えてしまうことなどあり得るだろうか。こんな有名学校で奇想天外なことが起きているというのに、ニュースにも新聞記事にもならないというのもおかしい。
それならば、何かもっと大きな、組織的な力が働いていると考えた方が自然なのではないか。そうでなければ、人がひとり死んで、いつまでも静まり返っているはずがない──。
この学院には、ずっと前から、内側と外側の世界を隔てる目には見えない壁があった。
入学時、厳しい荷物検査があり、外部から生活必需品以外のものを持ち込むことはできなかった(うまく隠して持ち込むことに成功した友梨は例外だ。)。生徒が学院外に出掛けられるのは、年に二回の許可制で、必ず「正当な理由」が必要だった。月に一度送ることのできる手紙も、収集されるのは基本的に家族宛てのものだけで、その後に実家から届く荷物や手紙には、一度開封された微かな跡があった。
もし友梨に手紙を書いたとしても、無事に彼女の手元に届くのか疑問だ。内容によっては、手紙は破棄され、自分自身も何か処分を受けることになるかもしれない。
「……やっぱり薫さんに相談するしかない」
この学院で信用でき、頼れるのは、薫だけだ。白雪のこと、この一週間の不可思議なこと、全てを明日、薫に話そう。そう心に決めた。
「コン、コン、コン」。
その時、小さなノック音が三回、静かな部屋に響いた。薫が戻ってきたのかと思い、扉を開けてみるが廊下には誰もいない。
「あれ? これなんだろう」
足元に赤い洋封筒が置かれていることに気づき、拾い上げる。
封筒の表面には「親愛なるドロシー様」と書かれており、封筒の中には校章に似た模様が金箔であしらわれた一枚のカードが入っていた。
───────────
親愛なるドロシー様
今夜、午前零時にランテルヌ塔にて、あなたをお待ちしています。
その時間、あなたを妨げる者はいないでしょう。
あなたには、ささやかな贈りものを差し上げます。
どうぞおひとりでお越しください。
───────────
「ランテルヌ塔って、生徒会のメンバーしか入れないっていう? ということは、この手紙は、もしかして薫さんから……?」
謎の手紙に不気味さを感じたが、薫や生徒会が鬱屈した生徒たちを楽しませるために催しを考えてくれたのかもしれないと思い至った。
「もし今夜、寮を出ることができたら……。どんな催しか分からないけど、薫さんに会って明日話したかったことを相談してみよう。明依にも会えたらいいな」
この時の美憂は、これから起こることをまだ何も知らずにいた。
(つづく)
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