【連載小説】「執事はバッドエンドを導かない」第三話
「セオ、彼をどう思う?」
一通り挨拶を済ませた後、カインが部屋を出て行くと、ウェスト卿はタオルで水気を拭っているセオに話しかけた。
「旦那様は、あの人が心配なんですか?」
「ううーん。まさか、本当にあんな若い子が来るなんて思ってもみなかったから。だって、執事として依頼はしているけど、それだけじゃないから『裏』の人に頼んだんだよ? 普通、大人が来るもんだって思うでしょ。娘と同じ年頃に見えればいいんだから、もっと若作りした、いかにも強そうな手練れが来るものだって思ってたんだよ。でも、彼は自分で十六歳だって言ってたよ? 十六なんて、まだ高校生の年頃じゃないか」
「旦那様のお気持ちは、よーくわかります。お嬢様も今年で十六歳。確かに、歳の近い男女で何か間違いがあるなんてことも、すごく心配……」
「いやいや、そっちじゃない! いや、そっちも心配ちゃあ、心配だが、儂が今心配してるのは、そっちじゃない!」
「じゃあ、どっちで?」
「……本当にあの青年を信用して、娘の命を預けていいのか?」
「まあ、旦那様の心配も分からないことはないですけど、数百年に渡る隣国の戦争が終わって十年ほど。ウィリディスは幸い戦地にはなりませんでしたけど、隣国では貧しい地域の少年たちも戦地に送られたって聞きましたよ。彼の出自は知りませんけど、今の時代、年齢だけで判断はできないんでしょう。それに、さっきの身のこなし。あれは、只者じゃありませんって。まあ、ひとまずは様子を見てみましょうよ」
セオが鼻先を指でこすり、あっけらかんとした様子で笑うと、ウェスト卿は少し安心した表情を見せた。
「……そうだな。まずは、カインがあの子の側で生きていられるかどうか、だ」
一方、カインは次の目的地に向かうため、階段を上りながら先ほどのウェスト卿との会話を思い返していた──。
「カイン・ミラー君。今回の依頼の詳細は、会社から聞いているかね?」
「はい。今回は使用人をまとめる執事としての仕事というよりも、お嬢様の身の周りのお世話と護衛の仕事が中心だと聞いております」
「護衛、か。まあ、間違ってはいない。だが、正確ではないな」
「と、言いますと」
「正確には、狙われた人物をこれから起きる危険から護ってほしいのだ」
「それは、お嬢様が何者かに狙われている、ということでしょうか」
「……いや、狙っているのは娘の方だ。君にはこれから起きるだろう事件を未然に防いでほしいのだ」
「は? ……失礼。それは、お嬢様が何か事件を起こそうと企まれている、ということでしょうか」
「そうとも言えるし、そうじゃないとも言える」
「申し訳ございません。ご希望について理解できかねるのですが……。私の主な仕事は、『お嬢様の護衛』ではないのですか」
こんな人気のない屋敷で一体何が起きるというのか。カインは自分の任務が掴めずにいる。
すると、ウェスト卿は静かにこんなことを言い出した。
「……君は、『呪い』というものを信じるかね?」
「呪い、と言いますと」
「文字の通り、『呪い』だよ。あの子の母方の祖先は、大昔に魔女に代わって『悪魔から命を狙われる』という呪いを引き受けているんだ。その呪いから身を護るためには、ある『本』を持ち続けなければならないのだが、その『本』というのが厄介でね。あの子がその『本』に何か書き込むと、その内容が実現してしまうというものなのだ」
「……」
カインは内心で「俺がここへ来たのは間違っていたのか? もし俺を騙しているなら、こいつを消してすぐに立ち去らねば。そこのそばかす男の口封じも……」と呟く。
「あ! 絶対、嘘だと思っとるだろう! 本当だからね‼ 怖いから! やめて、その殺気のこもった目! 依頼主にそんな目を向けないで!」
「……ウェスト卿。その『呪い』というのが本当だとして、なぜ私が呼ばれたのでしょう。もし、お嬢様がその『本』に何か書かれることが厄介でしたら、その『本』を取り上げてしまうか、書けないようにしてしまえばよいことではありませんか」
「『書けないようにする』とか、何か君が想像してる映像、絶対怖いから! 娘は小説を書くことが趣味なんだ。この島には娘の他には儂とセオ、君以外には誰もいないし、誰かがやって来ることもない。遊び相手もいないこの場所で、娘の趣味や楽しみを奪いたくないというのが親心なのだよ。それに、あの『本』はお守りのようなものでね。もし『本』から離れでもすると、呪いが発動してあの子は死んでしまうんだ。信じられない話かもしれないが、あの子の母親も『本』を娘に譲ったことで命を奪われてしまった。彼女たちの呪いと言うのは、それだけ恐ろしいんだ」
ウェスト卿の薄茶色の瞳の奥で思い出が揺れていた。
(第四話へ続く)
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