【連載小説】「みつばち奇想曲(カプリース)」第十五話
「ごめんなさい。外部生の子って、もっと怖い人かと思っていたの」
中庭のベンチに座り、食堂で水筒に入れてもらった冷えたダージリンティーを小さなプラスチックカップに注いで渡すと、そう言った明依はさっきよりも緊張が解れたようで目元を少し緩ませる。
「はは、そうだよね。内部生からしたら、外部生って未知の生物よね」
「でも、違った。白雪さんのお友達だったら、きっと優しい人に違いないし、あなたみたいに自然に笑う人はこの学校にはいないもの」
「そうやって褒められると、何だか照れちゃうな。明依さんも白雪の友達だから、きっと良い人だって私も信じてた」
「……」
会話が途切れ、彼女の方を見ると、明依は言葉を返す代わりに、顔を真っ赤にして俯いていた。
「ごめん、ごめん。困らせるつもりじゃなかったの」
「ううん、ありがとう。そんなこと言われたの、初めてだから嬉しい」
小さな声に少し明るさが出て、「可愛らしい子だなぁ」と美憂は思う。
「ねえ、明依さんも『オズの魔法使い』に出るの、やっぱり嫌?」
「嫌というか……。私、普段からこんな調子なの。声も小さいし、人見知りであがり症。舞台なんて、一番向いていない人間なの。それなのに、なんで選ばれたのか……。もう毎日、胃が痛くて仕方がなくて……」
「私も同じ。舞台に参加どころか、観たこともないのに、いきなり主役って信じられなくて! しかも、四月に入学したばっかりの外部生だよ。入学初日、クラスの子たちなんて、いきなり『やまんばギャル』が登校してきたみたいな顔してたんだから!」
「やまんば……?」
「あのね、『やまんば』って、今、東京で流行ってるギャルのメイクなんだけどね。日サロで肌を焼いて、すっごく派手なメイクをするの」
「ぎゃる……、ひさろ……?」
全く聞き覚えのない単語の数々に、明依が目を回しかけている。美憂は話を切り替えた。
「ギャルの話は置いておいて。あのね、実は明依さんに聞きたいことがあって……」
「……もしかして、白雪さんのこと?」
明依の黒縁眼鏡の奥にある円らな漆黒の瞳が、ゆっくりとこちらの顔を覗き込む。まるで、沼の底で眠っていたナマズが徐に泳ぎ出したような印象だ。
「……そう。あなたが白雪のルームメイトだっていうことを調べたのは、友梨っていうもうひとりの友達なんだけど、明依さんとは寮も違うし、学校でも全然会えなくて。『オズ』の配役表であなたを見つけて、早く話したいって思っていたの」
「探してくれていたのに、ごめんなさい。私もしばらく授業を休んでいたから……」
「それは、体調が悪くてとか……。それとも、白雪が姿を消したことと関係がある?」
「病気というわけではないけれど、白雪さんが登校しなくなってから、檜崎さんと同じクラスということもあって、彼女たちから頼まれごとをされることが増えてしまって……。前期の間は、授業に出席しなくても個別で対応してもらえる音楽や体育の実技教科で単位を取ることにしたの。他にも、レポートで対応してもらえる科目もあるから」
「何それ! 檜崎クララ、本当に最低!」
「いいの。これは、仕方のないことなの。……それよりも、白雪さんについて聞きたいことって何?」
明依に冷静に話を戻されて、美憂は一度深呼吸をしてから話し始める。
「あのね、白雪が何で急に登校しなくなったのかを担任に聞いたら、『病気だから自宅に帰った』って言うんだけど、どうしても信じられなくて……。他の寮の出入りはできないから、ルームメイトの明依さんに白雪の様子を聞きたかったの。白雪は今、どうしているか知ってる? 明依さんと同じように登校しなくても取れる単位の勉強を家でしているの? 白雪は何か言ってなかったかな?」
「……残念だけれど、私の知っていることも、あなたとそう変わらないわ。五月十日の朝にはもう部屋に彼女はいなくて、それから戻って来ることはなくて……。彼女がいなくなったひと月後には先生が寮の部屋に入って、白雪さんの私物をおおかた片付けてしまった。理由を聞いても、やっぱり『病気で自宅療養することになったから』としか教えてもらえなかったの。突然すぎて、私も信じられなかった」
「ねえ……、明依さんは『この学院で毎年誰かがいなくなる』っていう話、知ってる?」
「……この学院で知らない人はいないわ。誰も好んで口にはしないけれど」
「それって、どういうこと? 『いなくなる』って、たまたま誰かが何かの理由で学校を休むとか、辞めるとか、そういうこと?」
「分からないわ。昔からずっと続いてきたことで、いなくなった人たちがその先どうなったのか、誰も知らないの。だから、『いなくなる』としか言えないのだもの。先生たちも、生徒たちも、ただその人が元々いなかったかのように過ごしていくだけ。誰も何も言わない。それが暗黙のルールなの」
「そんなのおかしい! 先生は何か知らないわけないよ。もしかして、先生たちが悪いことをして、それを隠すために都合の悪い生徒を休ませたりしてるんじゃない?」
「そんな単純なことならいいけれど……。先生たちも、自分が同じ目に合わないように怯えているように私には見えるわ」
「はあ。それじゃあ、白雪は今、どこで何してるんだよぉ……」
溜息をついて深くうなだれると、それを見た明依が「ふふ」と小さく笑った。
(つづく)
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