【連載小説】「みつばち奇想曲(カプリース)」第二十五話
二度目の赤い封筒が届いたのは、九月の新月を迎えた夜だった。
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親愛なるドロシー様
今夜、午前零時にあなたをお迎えにまいります。
私たちの『秘密』をあなたに打ち明けましょう。
ローブを身に着けてお部屋にてお待ちください。
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先月の儀式の後、『オズの魔法使い』の舞台稽古で薫や生徒会のメンバーと顔を合わせても、あの日の話を誰ひとりとして口にはしなかった。薫は以前と同じように、ドロシーが舞台上でどのように動き、どんな気持ちで台詞を言うのかを、親切丁寧に指導してくれた。まるで、全てが夢であったかのように。しかし、今夜、新たな手紙が届くと、この怪しく恐ろしい道を引き返すことなどできないことを思い知らされる。
「秘密? 何だろう……」
再び恐ろしい出来事が待っていると想像すると、心拍数が増していく。手紙を持つ手も、自然と細かく震え出した。
逃げ出してしまいたい。そんな思いが湧く度に、友梨のチャーミングな笑顔と、うずくまって泣いていた白雪を思い浮かべる。
「ふたりのために私だけにできることがあるんだ。今夜は生徒会の秘密を知るチャンスなんだ」
そう言い聞かせると、不思議と冷えた指先にも力が入った。
「コン、コン、コン」
大理石の柱時計が深夜零時を告げる頃、扉を三回ノックする音がした。
制服の上に朱殷のローブを羽織り、扉を開けると、そこに立っていたのは、お揃いのローブで身を包んだ生徒会の荒井沙希穂だった。
「あ……、沙希穂さん。あの……」
美憂が口を開くと、沙希穂は唇の前に人差し指を添えて「シー」と歯の隙間から小さく息を吐く。
背が高く、ショートカットでスポーツが得意な荒井沙希穂は、爽やかな印象で女生徒から人気があるのだと、以前、明依が頬を赤らめながら話していた。しかし、今、目の前にいる彼女は、昼間の清爽な空気をすっかり潜めて、「闇の精」のごとく冷たい静寂を身に纏っている。
「お迎えにあがりました。ご案内いたします」
沙希穂はそう言うと、ローブを翻して階段を下りていく。長い脚で歩く沙希穂に追いつくのは一苦労だが、彼女の背中を見失わないよう小走りを交えて追いかけた。
今夜も寮の蔦模様の木製扉には鍵が掛かっておらず、すんなりと外に出ることができた。玄関を出ると、沙希穂はガラス製のランタンの灯芯に火を灯し、このままランテルヌ塔まで向かうのかと思いきや、ホール「シーニュ」へ続く渡り廊下から左に折れて、高等部の校舎へと入っていった。やがて、高等部の校舎を突き抜けると、生徒があまり行くことのない方角へ向かっていく。
「あの、どこまで行くんですか? こっちは何があるんですか?」
変わらぬ速度で歩き続ける沙希穂に問いかけるが、返事は返ってこない。非常灯さえ見当たらない夜闇の中を、沙希穂の持つランタンの灯と、ちらちらと光る彼女のローブだけを頼りに進んで行く。いつの間にか、コオロギの鳴く雑草の生い茂る道に入り、暫く歩き続けていると、沙希穂の歩みに合わせて揺れていた小さな光が突然動きを止めた。
「こちらで薫さまがお待ちです。中にお入りになり、そのままお進みください」
沙希穂が久しぶりに口を開くと、それに合わせて「ギイー」と錆びた鉄扉が開く音が響く。ランタンの光に映し出された古い木造の建物は、古代から生きる深海魚のようにただ黙って陰気な雰囲気を漂わせている。壁にびっしりと蔓延る蔦の葉が、息を潜めてこちらを仔細に眺めている心地がした。
中に入るとすぐに、背中側で「キイキイ」と音を立てて鉄扉が閉まった。真っ暗闇の中、すぐ左側にある部屋から僅かな光が漏れている。部屋のプレートには、良く見えないが「職員室」と書かれているのだろうか。光に吸い寄せられるように引戸を開けた。
「ごきげんよう、美憂さん」
部屋の中で待っていたのは、薫だった。
「薫さん……」
薫の持つランタンの中で蝋燭の炎が揺れると、彼女の慈愛に満ちた瞳がきらめく。こんなにも美しい表情で微笑む一面と、恐ろしい儀式を平然と執り行う残酷な一面が共存していると思うと、どちらが本当の薫なのか分からず眩暈がする。
「美憂さん、来てくれてありがとう。早速、行きましょう。私に付いてきて」
薫はもう一度、美憂の目を見て微笑むと、畳の部屋には不相応な蔦模様の彫刻がなされた大きなアンティークの鏡を横にずらして、その奥に隠されていた空間へと吸い込まれていった。
薫の姿を追って中に入ってみると、地下へと向かう石段が続いている。薫の持つランタンの光を見失わないよう、先の見えない階段を下り続けていくと、開けた空間に突き当たった。
壁の四方がコンクリートで固められたその部屋は、ふたりが何とか余裕を持って過ごせるほど広さで、美憂の背丈ほどある黒い石碑がふたつ建てられている。地上からかなり深くまで来たようで、ひやりとした空気に肌が触れると、石碑の怪しささも相まって両腕全体に鳥肌が立った。
「薫さん、あの、これは……?」
「これが、私たちドロシーだけに伝わる『秘密』よ。代々のドロシーたちが守り続けているお墓なの」
「お墓って……。薫さん、冗談ですよね……?」
「ここに来られるのは、ドロシーだけ。今夜は、あなたにとって初めての仕事よ。この方をこの場所に眠らせてあげましょう」
そう言って薫がローブの中から取り出したのは、あの頭蓋骨だった。骸骨の後頭部には大きなへこみがあり、そして、あの夜注がれた六人分の血液がそのまま付着して残っている。恐ろしくて薫に尋ねることはできずにいるが、おそらく中等部教師であった安見のものだ。
「悪い魔女を私たちの血で浄化をしたら、魂はこの場所に眠らせてあげるの。それが、ドロシーの大切なお仕事なのよ」
薫は胸元からネックレスを取り出すと、チェーンの先に付いている鍵を左側の石碑の真下にある直径四十センチほどの小さな扉の鍵穴に差し込む。
「がちゃり」と重い音を立てて扉が開くと、頭蓋骨をその下に静かに納めた。
(つづく)
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