拗らせの種を植えたのは、どっち
神様が人にたくさんの種をくれる、なんて嘘だ。
あたしには、何もなかった。陽だまりであたたまることも、潤いの水を与えられることも。掴もうと思っても、手からこぼれ落ちてしまう。さらさらとした黄土色の砂のように。
***
あたしは、男に困ったことがない。
ちょっと笑って、優しくしてみせて、たまに甘えて。そんな女を演じるだけで、男たちは簡単に沼っていく。こっそり植えた拗らせの種。すくすくと成長していく姿を見るのがあたしの幸せ。
そして、それがたったひとつの命綱だった。
「結愛さん」
大きな駅の時計塔の下。人のざわめきをかき分けるように、ふんわりとした彼の声が聞こえる。まだ知り合ったばかりの4つ歳下の男。自信なさげな長い前髪が可愛らしい。
「待ちましたか?」
「今来たところよ」
彼は「よかった」と微笑み、あたしにそっと右手を差し出す。左手を重ねて、彼の細長い指の先まで味わうように焦らしながら手を握った。
あたしたちの始まりの合図。ここから、楽しいはずのデートの始まりだ。
普通の女なら、きっとこの時間は楽しいんだろうな。あたしに歩幅を合わせてくれて、「少し休みますか?」なんて気遣ってくれて。ちょっと困らせたくて「イルミネーションを2人っきりで見たい」なんて言ってみたのに、彼は嫌な顔ひとつせずに用意する。彼には、果てしなく求めてしまいそう。あたしの欲のすべてを。
だから、自分に何度も言い聞かす。これは種を植えるゲームだから、と。
そう、戯れにすぎない。
だって、彼に送ったメッセージの既読が少しずつ遅くなっているから。構ってほしそうに何度も名前を呼ぶメッセージが堪らなかったのに。あたしのことを「可愛い」と言って、目を細めたあの表情が好きだったのに。
言い縋る訳にもいかず、あたしは彼の手を強く握った。
拗らせの種を植えたのは、どっち。
良い女の仮面が、静かに剥がれ落ちた。
こちらの企画に参加しています。
「拗らせの種を植えてみた」を再生しました。
書く側として、本当に楽しく書かせて頂きました。それと同時に、私の中で本当に大切な人を思い描きました。
孤独と寂しさに溺れていた彼は今何やってんだろうなぁ……とぼんやり思っています。
結愛も彼も、もっと書いてあげたいなぁ……。
気が向いたら、続きを書くかもしれません。それくらい私にとって好きなキャラと出会えました。
楽しい企画、ありがとうございました。
