嫉妬したっていいじゃない!それでも望む、人としてのあり方。
あの子が羨ましい。
心の中で疼く感情のかたまり。どす黒いそいつが蠢く度に、嫉妬というものに全身が揺さぶられる。
幼い頃から集団の中にいることが多かったからか、今までに何度も何度もそいつに苦しめられてきた。
合唱をすれば、コンクールメンバーのオーディションがある。ソロパートのオーディションもある。誰かは選ばれて、誰かは選ばれない。
文章を書けば、公募が有る。本を出版する。誰かは成し遂げて、誰かは何も得られない。
選ばれることが全てじゃないとわかっていたとしても、心底羨ましい。そして、誰かにモヤモヤとした羨望のまなざしを向ける自分にがっかりする。自分ってこんなに嫌な人間だったのか……。
そのくせ、嫉妬に揺れると心も身体も疲れ果ててしまう。かなり非効率的。無駄にエネルギーを使うだけ。残るのは、後ろめたさと罪悪感、後悔。
あぁ、私はなんでこんなことしてるんだろうな。
ずっとその場所にいると、暗く冷たい闇に引きずりこまれる。その先で見たくもない嫌な自分とご対面。やんなっちゃう、本当に。
本音を言えば、誰に対しても誠実でいたいんだけどな。
なかなか難しいけれど、他人に対しても自分に対しても誠実でいたい。
誰かに嘘はつきたくない。
嫌な思いをさせたくない。
誰一人傷ついて欲しくない。
まやかしのような理想を見つめながら、心にそっと声をかける。
「嫉妬しているの?」
声をかければ、心の中の自分はこちらを向く。泣かないでよ、そんなに。
「うんうん、羨ましいよねぇ。自分もそうなりたいよな」
「でもさ、何でそうなりたかったんだっけ?」
「そうだよね、自分のこと見て欲しかったよね。認めて欲しかったんだよね」
人間は、周囲に認められたい生き物だし、嫉妬に揺れるということは仕方ない。生き物としての運命だ。
「それはさ、認められないと意味がないとか価値がないとか思ってない?」
「大丈夫。誰からも認められなくたって、存在していていいんよ。自分だけの価値があるんよ」
心の奥底には、今も無価値感というものが大きく横たわっている。誰かに必要とされたかった幼い頃の自分が泣いていた。その子が泣くと、嫉妬や羨望が涙のように溢れ出す。
だから、嫉妬という感情が浮上してきた時は、できるだけ自分の心と向き合うようにしている。他人に思うことは、自分に思うこと。自分と向き合うことで、感情とうまく付き合っていく。
心の中をひっくり返した時、嫌なものをたくさん目にすることだってある。
見たくないものもたくさんあるだろう。
それでも、私はそっとのぞき込み、見つめ合う。
嫉妬したっていい。
でも、妬むことで人を悪者にしたくない。人を妬ましく思うより、その人のすべてを素直に受け入れられる人間で在りたい。
ささやかな在りたい姿のためにも、嫉妬というひとつの感情と向き合い続けるのである。
こちらの企画に参加させて頂いています。
すべての感情には意味がある。
自分を大事にするために必要だと思っています。
その一方で、誰かに振りかざすものではない。
いきいきと人生を歩くためのスパイスなのかなと今は感じています。
