玄関のすみに咲いた傘
あっ……“また”やってしまった……。
からっぽの手先を見ながら俯く。あぁ……今度はどこに置いてきてしまったのだろう。記憶を巡らせても、どうにも思い出せない。また買い直さなきゃ。
昔から、傘を置き忘れてしまうことが多かった。電車やバスで座った時にそのまま置いてけぼりにしたり。お店の傘立てに忘れてそれっきり……。今までに何本の傘とお別れしてきたんだろう。指折り数える度に、少しの淋しさとたくさんの情けない気持ちで心が埋まっていく。
大切、じゃないわけじゃ、ない。
私の大事な雨の日を共にするパートナーだ。いなくなってしまっては困るし、悲しい。すぐにまた別の子……なんて浮気しているみたいで、なんか嫌だ。自分で選んだ自分の傘。わかっているはずなのに、意識の外に放り出すと置き去りにしてしまう。ごめんよ、傘。
あまりに置き去りにするのが辛くて、透明なビニール傘を使い続けていたこともある。無骨でシンプルでかっこよくて。でも、どこにでも有り触れた傘。いつしか、ぞんざいに扱って、家には何本ものビニール傘が不貞腐れていた。
こんなんじゃ、ダメだよなぁ……。
どこかに置き忘れた傘に思いを馳せるのも、家に何本も咲く傘を見るのも、もう嫌だ。自分が何も大切にできないみたいで。とてつもなく苦しい。ゆっくりと確実にモヤモヤが溜まっていく。それも、もう限界だった。よし、本当に自分のお気に入りの1本を買いに行こう。そして、大切に使うんだ。そうやって、決めるだけで心がするっとほどけたような気がした。
玄関の片隅には、1本の傘。
穏やかなピンク色に鮮やかな赤のフルーツが舞っている。鬱々とする雨の日を吹き飛ばす、元気色の傘だった。眺めるだけで笑顔がこぼれる。私のお気に入り。
私が選んだ私の傘。今度こそ、ずっと一緒にいよう。
よろしくね、傘。
7月の宿題として短めですが、エッセイを書きました。
やんわりとして、居心地のいい場所です。
8月から本格始動とのこと。今から楽しみです!
