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あなたが見ている、その先で

「うん、行くよ。楽しみにしてる。」

やった!心の中でガッツポーズを握る。嬉しさで心がふんわりと華やいでいった。何回聞いたって、この言葉は嬉しい。誰かが演奏を楽しみにしてくれている。時間を割いて会場に足を運んでくれる。その事実が私の心をたまらなく震えさせるのだ。

彼と付き合ってから、はじめての合唱の演奏会を控えていた。私にとって、合唱はこの命と同じくらい大切なもの。大好きなものを大好きな人に聴いて欲しい。同じ空間で音の波を浴びて欲しい。何より、私の歌っている姿を見て欲しいという欲深い感情が奥底から溢れ出てくる。あぁ、嫌だな。見たくもない欲に塗れた自分から目を逸らす。時に縛り、時に苦しみとなる承認欲求はたまーに内側で暴れ出す。それが悪でないとわかっていても、どうにも穢れたものに思えてしまい、内側に押さえつけてしまう。これもまた、私のひとつの感情なのに。

感情を押さえつけることに慣れてしまった。良くはない。どんな感情であっても認めて、抱き締めること。それが大事だと頭では理解している。頭では。それでも、大人たちの機嫌を伺いながら生きてきたツケなのか、どうにも表出することが難しい。殻の中に閉じこもった感情たち。押し潰されて苦しくなる心。誰にも手を差し出せない私がそこにいた。

薄暗い袖から光が降り注ぐステージへと歩いた。すっと背筋は伸び、できるだけ柔らかい表情をつくる。定位置に立つと視界には客席が。一人ひとりの顔までくっきりと瞳に映る。

──あぁ、いた。

恋人が、いた。
それだけで身体から力が抜ける。自然と肺に酸素が入り、詰まっていた呼吸が楽になった。緊張がとけた、気がする。今、恋人の瞳には私が映っているはずだ。それなのに、隣にいるような柔らかい感覚に包まれる。あったかい……。

指揮者が腕を振り、ピアニストが軽やかに音を奏でる。合図とともに発した歌声はホールを満たしていく。いつもより、声が遠くに鳴り響いていた。何かをしたわけではなかった。いつもと変わらない発声だった。変えようと思ったわけでもない。けれど、恋人という存在が私を解放した。声も身体も心も全部がゆったりとしていた。どこまでも自由に歌声が飛んでいきそうだった。

時に、穢れた感情の波に足をとられるかもしれない。……それは、本当に真っ黒なの?誰かに認めて欲しいと願うこと。視界に入ろうと思うこと。そう慾求する自分がいてもいい。穢れた感情なんて何ひとつなかった。わたしの大切な想いのひとつだった。想いはいつだって、ぽわぽわとあたたかく光り続けていた。

今日もまた、ステージで歌を歌う。夫になった彼は変わらず客席にいる。彼のまっすぐな眼差しに包まれて、少しだけくすぐったくなった。

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