【アート巡り記】“カフェ“に集う芸術家ー印象派から、ゴッホ、ロートレック、ピカソまで@三菱一号館美術館 2026.7.26訪問
本展は三菱一号館美術館とひろしま美術館が共同で企画し、両館のコレクションを中心に19世紀から20世紀にかけて芸術家が集ったパリやバルセロナのカフェやキャバレーにまつわる作品を展示している。三菱一号館美術館がアンリ=トゥールーズ・ロートレック(1864-1901)の作品を多く所蔵しているのは知っていたが、ひろしま美術館は印象派を中心とする近代絵画コレクションを所蔵しているという。その両館のコレクションによって、芸術家たちが交流し、近代ヨーロッパの芸術潮流を生んだ“カフェ“文化を検証しようという主旨のようだ。
第1章は「カフェを描くーレアリスムから印象派へ」と題し、エドゥアール・マネ(1832-1883)、ベルト・モリゾ(1841-1895)、オーギュスト・ルノワール(1841-1919)、カミーユ・ピサロ(1830-1903)などの作品がまず並ぶ。モリゾの作品は国立西洋美術館所蔵だが、その他はひろしま美術館所蔵である。ひろしま美術館所蔵の印象派絵画などなかなかお目にかかれるものではないし、それなりにいい作品をコレクションしていることが見てとれる。
マネが描いた《バラ色の靴》はベルト・モリゾの姿らしい。そしてモリゾの作品における描写はマネに刺激を受けているという。いずれも女性の外出、社交という、当時はまだ珍しかったであろう主題を表している。


ルノワールとピサロの絵は、パリの人が集まる場を描いている。


続いてエドガー・ドガ(1834-1917)の《赤い服の踊り子》など、ドガが多く描いた主題である踊り子の絵が現れる。ドガはカフェでマネやモネ、ルノワールと交流したことで、近代的主題として踊り子に関心を深めていったそうだ。ドガに影響を受けたガストン・ラ・トゥーシュやジャン=ルイ・フォランが描いた踊り子の姿も展示されていた。



こうした導入部があって、いよいよカフェそのものが描かれた作品が並べられる。“カフェ“の走りはモンマルトルのムーラン・ド・ラ・ガレットのようだ。風車があるのは、もともと風車を使った粉挽き場だったからである。産業化で小麦を挽くのは蒸気機関を使った工場になったため、本来の役割を失った風車小屋で飲食物を出し、屋外の舞踏場として発展させたのだそうだ。ムーラン・ド・ラ・ガレットは近代都市パリの娯楽と芸術を象徴する場となっていった。

カフェの発展に貢献したのがポスターなどの広告芸術だ。第2章「夜のカフェーシェレ、ロートレックの世紀末」でまず紹介されるのはジュール・シェレ(1836-1932)のポスターである。シェレはリトグラフの技法を簡素化し、広告芸術の発展に大いに寄与したとのこと、その作品は今見ても洗練されてオシャレである。

右:ジュール・シェレ《「ルイーズ・バルティ公演」アルカザール・デ・テ》1893年
ともに京都工芸繊維大学工芸資料館所蔵 ※前期展示
この後、満を持してロートレックのポスターが続々出てくるのだが、ロートレックと並び立つポスター芸術の作者としてアルフォンス・ミュシャ(1860-1939)も紹介されていた。ミュシャは装飾的で優美な表現、ロートレックは鋭い線と大胆な構図が特徴で対照的ではあるが、同時代に生きた芸術家であることは間違いないとキャプションに書かれていた。今回私が見たミュシャの作品は《ジスモンダ》だったが、こちらは8月2日までの前期展示で、後期は別の作品が展示されるようだ。かなり前後期で展示替えがあるらしい。

フィンセント・ファン・ゴッホ(1853-1890)の《モンマルトルの風車》もあった。ゴッホもパリに来てモンマルトルに住み、カフェやキャバレーに時折顔を出し、ロートレックとも出会っていたという。この絵はムーラン・ド・ラ・ガレットの裏手から描いたものらしい。パリではまだ他所ものだったからだろうか。

ルイ・アンクタン(1861-1932)の《マグリット・デュフェ公演》ポスターは、ロートレックの作品かと思ったらそうではなかった。しかも描かれているトロンボーン奏者は男性かと思ったら女性だった。なんとも豪快で力強い人物像ではないか。女性だと気づいたら、カッコいいと思った。よき宣伝ポスターである。

ロートレックの《アリスティド・ブリュアン 彼のキャバレーにて》のポスターは三菱一号館美術館のコレクションだが、その油彩での習作《アリスティド・ブリュアン》はひろしま美術館所蔵で、これらが並んで展示されているのは共同開催ならではである。


私が最初に知ったロートレック作品は《ムーラン・ルージュ、ラ・グーリュ》だ。〈赤い風車〉の意味を持つムーラン・ルージュは、1889年にモンマルトルに開店したキャバレーで、華やかな夜のランドマークとなる。開店当初はシェレがポスターを描いたというが、後にロートレックがその役割を任される。ロートレックのポスターはそこに出演する歌手やダンサーを大胆な線や面で描き、人物の特徴を誇張している。カフェやキャバレーという場が人を呼ぶというよりは、人が人を呼ぶことを狙っているようだ。ラ・グーリュはムーラン・ルージュのスターダンサーだったという。

ロートレックはまた、カフェ・コンセールの紹介誌の表紙や挿画を描いてもいる。この紹介誌にはもう一人、アンリ=ガブリエル・イベルスという画家も関わっており、展示されていた表紙にはふたりの名が併記されていた。


展示されていたポスターや挿画を眺めると、アリスティド・ブリュアンのような男性歌手を描いているものもあるが、女性の芸能人のほうが圧倒的に多い。見る側と見られる側というカフェ・キャバレー文化の構造のようなものも透けて見える気がする。






第3章では芸術キャバレー〈シャ・ノワール〉に焦点を当てていた。
1881年に開かれたシャ・ノワールは前衛的な文学結社や芸術運動による文化ネットワークのなかで人気を博したという。さまざまな芸術家が交流した場で、機関紙も発行され、挿絵などに多くの画家が参加している。とくにアンリ・リヴィエールが中心となって発展させた影絵芝居が巡業によってヨーロッパ各地に伝播した。


後にバルセロナで〈クアトラ・ガッツ〉を開くミケル・ウトリリョ(1862-1934)、サンティアゴ・ルシニョル(1861-1931)、ラモン・カザス(1866-1932)もシャ・ノワールの常連で、カフェ文化を批判的に吸収していった。彼らは少し距離を置いた眼差しでカフェ文化を見つめ、作品に表している。


パブロ・ピカソ(1881ー1973)はバルセロナでカザスらの展示に触れたのち、1900年にクアトラ・ガッツで個展を開いている。さらに同年、ピカソもまたパリに赴いて、モンマルトルのカフェで芸術と向き合ったという。この時期に制作された作品として、ロートレックのポスターを参照したとされる《カンカン》が展示されていた。参照したとはいえそこはピカソなりの解釈と表現となっており、先日国立新美術館の「ピカソmeetsポール・スミスー遊び心の冒険へ」で見た、マネの《草上の昼食》の再解釈と同様のことを行なったと思われる。ピカソが画業の初期からこのような他者の図像の再解釈を行なっていたことは大変興味深い。


その後ピカソは「青の時代」へと向かい、その時期の絵画として三重美術館所蔵の《ロマの女》が出展されていた(前期展示)が、SNS掲載NGとなっていた。もう一点ピカソの作品でポーラ美術館所蔵の《通りの光景》が展示されていたが、こちらは撮影もNGであった。同じくポーラ美術館所蔵のモーリス・ユトリロ《ムーラン・ド・ラ・ガレット》は撮影OKだったが、NGとOKの基準は何なのだろう? 大原美術館所蔵作品については画像公開の際には所蔵元を必ず記載するよう注意書きされていた。出展元の記載は当たり前といえば当たり前なのだが、撮影してSNS発信が前提となっている時代、作品を借りる側も貸す側も権利関係を整理するのに苦慮しているのかも知れない。


全体的には良い作品をたくさん見せていただいた感はあるのだが、三菱一号館美術館とひろしま美術館のコレクションをつなぐ“カフェ“文化という文脈に、ちょっとこなれていないところがあるような気がした。私の理解が追いつかなかっただけかもしれないし、前期展と後期の展示替えがあり、すべてを見られていないことにも要因はあるのかもしれない。いずれにしても19世紀から20世紀にかけての近代芸術の発展に、カフェやキャバレーという場が重要な役割を果たしたということを伝えたかったのは確かであろう。
参考:
三菱一号館美術館ホームページ https://mimt.jp/ex_sp/cafe/
会期 2026年6月13日(土)〜9月23日(水・祝) ※前期 8月2日まで
ひろしま美術館 2026年10月3日(土)〜2027年1月11日(月・祝)
