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【85時間目(第2章1話)】シリアルプーパー

—駅・学校・職場に潜む「人糞遊びを繰り返す者」の脳と心理ー


「またあいつか」——繰り返す不可解な行為

2019年、東京都内のある私鉄駅のトイレで、清掃スタッフが異変に気づきた。
壁に、明らかに意図的に、人糞が塗りつけられた痕跡が残されていたのだ。それが一度ではなかった。
週に一度、同じ場所に、同じような痕が現れ続けた。

監視カメラの映像を精査した結果、逮捕されたのは40代の会社員男性だった。被害は3か月以上にわたっていた。
「なぜ、そんなことを?」
おそらく多くの人が最初に抱く感想はこれだ。
汚い、気持ち悪い、理解できない——そういった生理的反応は当然だ。

でも、それで思考を止めてしまうと、この行為の背景にある脳の話が見えなくなる。
今回は、シリアルプーパー(Serial Pooper:繰り返し公共・他者の場所で排泄・汚損行為を行う人物)の心理と脳科学を、しっかり解剖してみよう。


シリアルプーパーの定義——「ただの不衛生」では終わらない。
まず整理しておきよう。
シリアルプーパーとは、公共の場所・他者の私有スペース・職場・学校などで、繰り返し意図的に排泄行為または排泄物による汚損行為を行う人物を指する。
重要なのは「繰り返す」という点だ。一度の失態や病気による失禁とは、根本的に異なる。

また、その動機によっておおまかに三つのタイプに分類される。

①性的興奮・フェティシズムを伴うタイプ
②特定の人物・場所への攻撃・復讐を動機とするタイプ
③衝動制御の失敗・強迫的な反復を特徴とするタイプ

それぞれ、背景にある脳のメカニズムがまったく異なる。

ケース① 駅・電車——公共空間の「匿名性」が引き金になる。

駅や電車内でのシリアルプーパー事案は、日本でも複数報告されている。
特徴的なのは、「見られないこと」への強い確信だ。

混雑した電車内での行為、清掃直後のトイレへの連続的な汚損、ホームの死角を狙った行為——こうしたケースでは、「バレない」という認知が衝動のブレーキを外す役割を果たしている。

神経科学的に言えば、「匿名性の知覚」が前頭前野の抑制機能を弱める効果を持つことが知られている。

本来であれば「してはいけない」という判断を下すはずの前頭前野が、「どうせ誰もわからない」という状況認識によって機能を低下させる—
—これはオンライン上での誹謗中傷や暴力行為が公共の場より起きやすいメカニズムとも同根だ。

また、駅のトイレは「完全に個室化された空間」であり、外界から切り離されたこの環境が、通常の社会的文脈から自分を解放する感覚を生みやすい側面がある。
「ここでは別の自分になれる」という解離的な状態が、衝動を後押しすることがある。


ケース② 学校——標的は「権力者」と「嫌いな相手」

学校でのシリアルプーパーは、駅のケースとは動機の構造が大きく異なる。

ここでは「誰か特定の人物・空間への攻撃」という要素が色濃く出る。
典型的なケースを挙げよう。
2017年に報道された関東のある中学校の事案では、生徒の靴箱、担任教師の机の引き出し、部室のロッカーなど、特定の「ターゲット」を絞った連続汚損行為が発覚した。

加害者は同校の生徒で、動機の根底には「いじめへの復讐」と「担任教師への強い憎悪」であった。

排泄物による汚損は、直接的な暴力ではない。
しかしそれゆえに、「相手を深く傷つけながら、自分は安全でいられる」という心理的な計算が働きやすい行為でもある。

相手の机を殴れば傷つけたとわかる。
でも「誰かがやった」という形で汚損すれば、相手に深い不快感・恐怖・屈辱を与えながら、自分は加害者として特定されにくい

攻撃性の「間接的な表現」として排泄物を用いるこのパターンは、精神分析的な観点からは「肛門期的攻撃性の回帰」として説明されることがある。

フロイト理論では、幼少期の「汚す・散らかす」という行為には支配・攻撃の表現としての側面があるとされており、それが成人後に抑圧されて出口を失ったとき、こうした形で外在化することがある、というわけだ。

ケース③   職場——「見えない権力闘争」が生む異常行動

職場でのシリアルプーパーは、ある意味で最も「社会人としての機能」との乖離が際立つケースだ。
なぜなら、日中は普通に働いている人物が、深夜や早朝に同僚の座席・上司の椅子・会議室などを汚損して帰っていく——というパターンが多いからだ。

2021年に話題になった大阪市内のオフィスビルのケースでは、ある部署の上司の椅子が繰り返し汚損されていることが発覚し、映像解析の結果、同部署の部下男性が逮捕された。
男性は業務上のトラブルで上司から強い叱責を受けており、「言葉では言い返せなかった」と供述した。

この供述が示すのは、「言語化できない怒り・屈辱・無力感」が、行動として出口を見つけた、ということだ。
通常であれば「怒りを言葉にする」「上司に直談判する」「転職する」といった選択肢がある。

しかし何らかの理由(対人回避傾向・言語化の苦手さ・権力構造への恐れ)でそれができないとき、怒りは「別の出口」を探する。
その出口が、誰も見ていない夜中の汚損行為になった——。

神経科学の観点から言えば、慢性的なストレスと抑圧された怒りは、扁桃体の過活性を招く。
前頭前野が「適切な対処法」を選ぼうとしても、扁桃体からの怒りシグナルが強すぎて制御できない。
そこで衝動が「最も安全で、直接的なダメージを与えられる」と脳が判断した方法——排泄物による汚損——として行動化された、というモデルで理解できる。

性的興奮を伴うタイプ——スカトロフェティシズムの脳科学

三つ目のタイプは、より理解しにくいかもしれませんが、避けては通れない話だ。
排泄行為・排泄物への性的興奮を伴うフェティシズム(スカトロフェティシズム)を動機とするシリアルプーパーが存在する。

このタイプの特徴は、「ターゲットへの攻撃意図」が希薄または無く、行為そのものへの性的な報酬感覚が一次的な動機となっている点だ。
脳科学的には、性的興奮と報酬系(ドーパミン放出)が「通常とは異なる刺激」に条件づけられているケースとして理解される。

なぜ「排泄物」が性的刺激として条件づけられるのか——そのメカニズムは完全には解明されていないが、幼少期の性的発達の過程での偶発的な条件づけ、あるいはタブーへの興奮(禁止されているものほど刺激が増す「タブー効果」)が関与しているという仮説が有力だ。

このタイプには、窃盗症や放火症と類似した「衝動→行為→快感・解放感→罪悪感→また衝動」というサイクルが存在する。


「繰り返す」理由——なぜ一度では終わらないのか。

シリアルプーパーを理解する上で最も重要なのは、「なぜ一度で終わらないのか」という問いだ。
答えは、「報酬学習の固定化」にある。最初の行為で何らかの「報酬」——性的快感・怒りの発散・緊張の解放・支配感・スリル——を得た脳は、その報酬体験を「記憶」する。

そして同じ状況(ストレス・怒り・衝動)が生まれたとき、脳は「あの方法を使えば報酬が得られる」と過去の体験を呼び起こする。
これがOCDの強迫的反復や窃盗症と同じ報酬回路の構造だ。

さらに、逃げ切れた経験が「この行為は安全だ」という認知を強化する。

一度バレなかった→また行った→またバレなかった——この繰り返しが「リスク認知の低下」を招き、エスカレートしていく。
最終的に逮捕されるまで何十回もの犯行を重ねるシリアルプーパーが多い理由はここにある。

どう対処するか——被害者・組織の視点から
最後に、被害を受けた側・組織の視点から考えよう。

まず重要なのは、「一度発生したら徹底的に記録する」ことだ。
シリアルプーパーは繰り返す。

最初の発生時から、日時・場所・状況を記録し、監視カメラの映像を保存しておくことが、特定と立件の決定的な証拠になる。

特に職場・学校での事案は、「誰かの嫌がらせかもしれない」という段階から警察・専門家への相談を躊躇しないことが大切だ。

また、被害者の心理的ダメージを軽視しないことも重要だ。
自分の持ち物・空間が汚損されるという体験は、強い侵害感・恐怖・嫌悪・無力感をもたらする。

「モノが汚れただけ」ではなく、「自分の領域を侵された」という体験としてのPTSD的な反応が起きることも珍しくない。

加害者への対応としては、動機のタイプによってアプローチが異なる。

■ 攻撃・復讐タイプには根本の対人トラブル解決と、必要であれば法的対応。

■ 衝動制御失敗タイプには精神科的な評価と治療。

■ 性的フェティシズムタイプには認知行動療法と性犯罪専門の治療プログラム——それぞれに異なる介入が必要だ。

「なぜそんなことを」という嫌悪を超えた先に、行為のメカニズムへの理解がある。
その理解が、再発防止と適切な対処の出発点だ。

次章では、さらに身近な「盗撮に溺れる人間」の脳へと潜っていこう。
みなさんの想像を遥かに超える、大量の盗撮マニアが街中にウヨウヨ存在していることをここに宣言する。


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