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できたを数えると次の一歩が少し軽くなる理由 ーー 自己効力感


朝、机の上に読みかけの本を置きました。

今日は少しだけ勉強を進めようと思ったのです。

けれど、ページを開く前に、昨日できなかったことを思い出しました。

三日続けるつもりだったのに、二日目で止まった。
メモを取ろうと思ったのに、何も残っていない。
買ったまま、まだ一度も使っていない道具がある。

それらを思い出しているうちに、本の表紙が少し遠くなりました。

どうせ今日も続かないかもしれない。

そう思うと、始める前から疲れてしまいます。

結局、その朝は勉強をしませんでした。

ただ、机の上の本を片づける前に、昨日できたことを一つだけ思い出しました。

難しい文章を、三ページだけ読んでいた。

たった三ページです。

でも、その事実を思い出したとき、さっきまで遠かった本に、少しだけ手が届く感じがしました。

大きな自信がなくても動ける日

何かを始めるとき、私たちは「自信があるかどうか」を気にしがちです。

自信があれば始められる。
自信がなければ、まだ準備が足りない。

そんなふうに考えて、必要以上に準備を続けることがあります。

けれど、実際に動き出すために必要なのは、胸を張れるほどの自信ではないのかもしれません。

「自分には、これくらいならできそう」

という、小さな感覚。

それが少しあるだけで、手を伸ばせることがあります。

反対に、昨日までにできたことを全部忘れていると、簡単なことまで難しく感じます。

一度もできたことがない人のような気持ちになってしまう。

本当は、何度か進んだ日があるのに、その記録が心の中から消えているのです。

自己効力感という言葉

心理学の本で、「自己効力感」という言葉を見かけたことがあります。

簡単に言うと、

「自分はこの状況で、ある程度はやれそうだ」

と感じることです。

何でもできると思うこととは、少し違います。

失敗しないと信じることでもありません。

うまくいかない可能性を知りながら、それでも一歩を試してみるための感覚です。

「絶対にできる」ではなく、

「まず少しなら触れられるかもしれない」

くらいの温度に近い気がします。

この感覚は、過去の自分の経験から育つことがあるそうです。

大きな成功だけではありません。

一度だけでも、自分で始められた。
途中で休みながらも、最後まで終えられた。
分からないことを、一つ質問できた。

そうした小さな経験が、次の行動の足場になることがあります。

できなかったことは、声が大きい

できたことより、できなかったことのほうが記憶に残る日があります。

予定どおり起きられなかった。
返事を先延ばしにした。
運動を休んだ。
勉強が一ページも進まなかった。

できなかったことは、目の前に大きな紙を広げるように、心の場所を取ります。

その紙に書かれた失敗を見ながら、次の日の自分を評価する。

「自分は続けられない」
「いつも途中でやめる」
「始めても意味がない」

そんな言葉が、少しずつ本当らしくなっていきます。

でも、できなかったことが一つあるからといって、できる力まで消えるわけではありません。

昨日休んだことと、今日五分だけ取り組めることは、別の話です。

それなのに、私たちは前の日の失敗を、今日の能力の証拠のように扱ってしまう。

できなかったことの声が大きいときは、できたことが小さく見えているだけかもしれません。

小さな成功は、自慢ではなく足場になる

「できたことを記録しましょう」と言われると、少し気恥ずかしくなることがあります。

そんなに自分を褒めていいのだろうか。
たいしたことではないのに、書く意味があるのだろうか。

私も、最初はそう思っていました。

でも、記録することは、自分を大きく見せるためではありません。

心の中にある「一度もできていない」という誤解を、静かに修正するためです。

朝、カーテンを開けた。
水を一杯飲んだ。
メールを一通だけ確認した。
本を三ページ読んだ。

そのくらいのことでいい。

誰かに発表する成果ではなく、自分が次の行動を選ぶときの小さな手がかりです。

「昨日の自分にも、できたことがあった」

その事実が見えていると、今日の自分を最初から疑わずに済みます。

目標を小さくすると、力を感じやすい

以前、私は「毎日一時間勉強する」という目標を立てたことがあります。

初日はできました。

二日目も、なんとかできました。

三日目に帰宅が遅くなり、一時間が難しくなりました。

そこで、三日続けた記録は途切れたと思いました。

四日目からは、机に向かうこと自体が重くなりました。

今思えば、目標が大きすぎたのかもしれません。

一時間できる日だけを「成功」としていたので、20分できた日が、なかったことになっていました。

その後、「問題を一問だけ解く」「本を二ページだけ読む」と決めてみました。

短すぎるように感じましたが、始めるまでの抵抗は小さくなりました。

一問解けたら、もう一問進める日もある。

一問で終わる日もある。

どちらの日にも、始めたという事実は残ります。

その事実が、次の日の自分に「また少しならできそう」と伝えてくれるようでした。

自分を信じるために、無理をしなくていい

自己効力感という言葉から、もっと強い自分を目指さなければいけないように感じるかもしれません。

けれど、私は、無理をして自分を信じ込ませる必要はないと思っています。

できない日がある。
途中で休む日がある。
気が乗らない日もある。

それらを認めたうえで、今日できそうな一番小さい行動を選ぶ。

「今日も完璧に続けられる自分」を信じるのではなく、

「止まったあとでも、もう一度小さく始められる自分」を、少しだけ信じる。

そのほうが、現実の自分に近い気がします。

一度できたことは、いつでも同じようにできるとは限りません。

体調も、予定も、気持ちも変わります。

それでも、一度できたという記録は、次に試すときの材料になります。

成功を約束するものではないけれど、最初の一歩を選びやすくする。

それくらいの力が、過去の小さな経験にはあるのかもしれません。

今日の「できた」を一つだけ残す

夜になったら、今日できたことを一つだけ書いてみようと思います。

仕事を予定より少し進めた。
誰かにありがとうと言えた。
疲れていたので早く休むことにした。

どれも、立派な成果でなくて大丈夫です。

その日に自分が選んだ行動を、見落とさないための記録です。

できなかったことを反省する前に、できたことを一つ置いてみる。

それだけで、明日の自分が、完全な白紙から始めずに済みます。

昨日の自分が残してくれた、小さな足跡がある。

その足跡を大げさに飾らなくても、次の一歩を置く場所にはなります。

自分を信じるというのは、いつも自信満々でいることではなく、

「少しなら、もう一度試してみてもいい」

と思えることなのかもしれません。

今日できたことが、本当に小さく見える日もあります。

それでも、見つけた一つを、明日の自分にそっと渡しておく。

その小さな手渡しが、いつか次の行動を始める理由になってくれる気がします。

もし、やることが重なって最初の一歩が見えにくい夜には、頭の中がいっぱいなだけで世界が少し冷たく見える理由 ーー 認知負荷も、そっと置いておきます。心の作業台を少し空けることから始めた記録です。

それでは、またこの場所で。

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