「自分は駒にすぎないのか」——組織の非人間化と、3つの心の栄養素
「自分はこの組織にとって、交換可能な部品のひとつにすぎないのではないか」
——現場の皆さんのお悩みをお聞きしていると、 時おり 言葉にはしないけれど、こうした感覚が滲み出てくることがあります。
静かな諦めのようなものです。
組織心理学では、これを「組織の非人間化(organizational dehumanization)」と呼びます。
従業員が「自分は組織の目標達成のための道具として扱われている」と感じる経験のことです。
ただ、これは誰かの悪意から生まれるとは限らないという点に注意が必要です。
効率化、標準化、成果主義——どれも組織として合理的な判断です。
でも、その積み重ねの中で「人」が「リソース」として扱われる感覚が静かに広がっていく。しかも、当事者も周囲も気づきにくい。
(著:小島美佳)
◆ 3つの「心の栄養」が削られていくメカニズム
では、この「道具感」は具体的に何を壊しているのでしょうか。
ルーヴァン・カトリック大学のConstantin Lagios博士らの研究(2022)は、この問いに明確な答えを出しています。
彼らが注目したのは、心理学者のDeci & Ryanが提唱した「自己決定理論」における3つの基本的心理ニーズです。
1つ目は「自律性」。
自分の行動を自分で選んでいるという感覚です。
「やらされている」のではなく、「自分で決めている」と感じられること。
2つ目は「有能感」。
自分はこの仕事をうまくこなせるという手応え。
成長している実感、力を発揮できているという感覚です。
3つ目は「関係性」。
周囲の人と意味のあるつながりがあるという実感。
「ここに自分の居場所がある」と感じられること。
Lagiosらの研究が示したのは、組織が人を「道具」のように扱うと、この3つすべてが阻害されるということ。
そして、この3つの阻害こそが、職務満足の低下や情緒的な疲弊、離職意向の増大を引き起こしていきます。
◆ なぜエンゲージメント施策が効かないのか
1on1を導入しても、サーベイを実施しても、イベントを企画しても、手応えが薄い場合、これらの施策が3つの心理ニーズのうち「関係性」にはアプローチできても、「自律性」と「有能感」に届いていない可能性があります。
特に「自律性」は盲点になりやすい。
チームの目標は上から降りてくる。
やり方も決まっている。
報告の仕方もフォーマットが決まっている。
その中で「あなたの意見を聞かせて」と言われても、本質的に「自分で決めている感覚」がないなら、能動的な意見は出てきにくいですよね。
逆に言えば、たとえ小さなことでも「自分で決めた」という実感を持てる場面が増えるだけで、エンゲージメントの質は大きく変わりうるのです。
どの順番で仕事に取りかかるか。
会議の進め方をどうするか。
チームの課題に対してどんなアプローチを試みるか。
——こうした裁量のある領域を意識的につくることが、「実感のあるもの」に変えていく鍵になります。
◆ 「道具ではなく、”私”として扱われている」と感じられる組織
さらに、有能感は、「成長できている」と感じられるかどうかです。
数字で測れる成果だけでなく、「去年の自分にはできなかったことが、今はできている」という実感。
上司が具体的なフィードバックを返してくれること、
挑戦の機会があること。
これが有能感を支えます。
関係性は、単に「仲が良い」ということではなく、「この人たちの中に自分の場所がある」という感覚です。
意見を言ったら聞いてくれる。
困ったときに助けを求められる。
自分の存在が認められている。
この3つの心理ニーズは、いわば「心の栄養素」です。
どれかひとつが慢性的に欠けるだけで、人は徐々に消耗していきます。
そしてエンゲージメント施策は、この栄養素を直接補給するものでなければ、表面的な処置に終わってしまう。
◆ まず、ひとつだけ問いかけてみる
大きな改革は簡単ではありません。でも、現場のマネジャーとして明日からできることはあります。
もし、メンバーに 「今の仕事の中で、自分で決められていると感じる部分はどこですか?」と聞いて、答えがすぐに返ってこなかったら、それ自体がひとつのシグナルです。そして、その答えを一緒に探すことから、本当の意味でのエンゲージメントが始まるのかもしれません。
今回も参考になっていたら幸いです。
参考論文:
Lagios, C., Caesens, G., Nguyen, N., & Stinglhamber, F. (2022). Explaining the negative consequences of organizational dehumanization: The mediating role of psychological need thwarting. Journal of Personnel Psychology, 21(2), 86–93.
Deci, E. L., & Ryan, R. M. (2000). The "what" and "why" of goal pursuits: Human needs and the self-determination of behavior. Psychological Inquiry, 11(4), 227–268.
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