シータだった私が、ドーラになるまでに観た、カッコイイ女が登場する10本の映画
私が、おばさんになるとは思っていなかった。
年を取ることはもちろん知っていた。
誕生日は毎年やってくるし、鏡の中の顔も少しずつ変わっていく。
けれど、自分が五十代になる日が来るなんて、どこか本気では信じていなかった。
ジブリ映画『天空の城ラピュタ』を初めて観たとき、シータと同じくらいの年齢だった。
それなのに、今ではドーラと同年代である。
信じられますか。
シータが、ドーラになるなんて。
ドーラはシータを見て、「あたしの若い頃にそっくりだよ」と言う。
そんなこと、あるわけないじゃないか!
あの可憐な少女が、でっぷりとした豪快な空賊の親分になるなんて。
では、
その幻想を打ち砕いて差し上げよう。
この写真を見てほしい。

左が、十六歳の私。右が、五十代になった現在の姿である。
そう。
シータは、ドーラになる。
しかも、思っていたよりずっと自然に。
ただし、これは老いを嘆く話ではない。
「おばさん」という言葉が嫌いだ。
若さを失った女。図々しい女。空気を読まず、声が大きく、見苦しい存在。おばさんという言葉は、そんなふうに、女を雑に片づけるための言葉として使われてきた。
年を取ることが、まるで恥であるかのように。
冒頭であえて使ったのには理由がある。
かつての私自身が、その言葉に怯えていたからだ。「おばさんになんてなりたくない」と。
けれど、ドーラを見てほしい。彼女は若さにしがみついていない。
生きてきた時間を背負って立つ人。自分の人生の操縦桿(かん)を、自分で握る人。
ああいうカッコイイ女を「おばさん」と雑に括るのは、もうやめたい。
せめて、マダムと呼ぼう。
マダムには、誇りと潔さがある。生きてきた時間を、顔にも、声にも、そして、背中と腹と二の腕にも宿している。
七歳で映画と出会い、鑑賞してきた映画は、約4000本になった。
同じ映画でも、観るタイミングによって見えるものが変わる。
映画が変わったのではない。人生が、映画の中に見つけるものを変えたのだ。
だからこそ、映画をたどれば、私の人生も見えてくる。
これは、実家に縛られた女が、4000本の映画に支えられながら、自分の人生の操縦桿を取り戻す話である。
七歳、怪物のために泣いた夜
はじまりは、テレビのCMだった。
巨大な怪物がビルをよじ登る『キングコング』の映像に、七歳の目は釘付けになった。
「これが見たい!日曜洋画劇場、夜九時からだ。」
録画もインターネットもない時代、テレビの映画放送は「その時間を逃したら終わり」だ。
当時、テレビは一家に一台が普通。けれど、わが家の両親はテレビの前にいる人たちではなかったので、比較的自由に番組をチョイスして見ることができた。
その夜も、居間には弟と二人だった。
親のいない日曜の夜に、怖い映画を観る。
少しの背徳感を抱えて、ブラウン管の前に座った。
番組が始まり画面に現れたのは、面白いおじさんだった。
「キング・コング、大きいですねぇ、恐ろしいですねぇ」
映画評論家の淀川長治さんである。
怖い映画のはずなのに、おじさんの話に惹きつけられ、ワクワク感が煽られた。
「早く見たい!」七歳の胸は期待ではち切れそうだった。
そして私は、号泣した。
怖くて泣いたのではない。
人間のエゴで、島からニューヨークに連れてこられたキングコングが、エンパイア・ステート・ビルの上で銃弾を浴び続ける。
その姿がかわいそうでかわいそうで、涙がぽろぽろこぼれた。
隣には弟がいる。泣いているのを悟られないよう、懸命に顔を伏せた。
「かわいそうだね」
一歳違いの弟が、ぽつりとつぶやいた。
弟とはウマが合わない。今もたいして仲は良くない。
それでもあの夜だけは、心が通じていた。
同じ映画を見て、同じ生き物のために、涙をこらえていた。
仲の悪い姉弟の心を、一匹の怪物が繋いだのだ。
「うん」
そう答えた。
ただの怖いもの見たさの好奇心で映画を観たはずだった。
それなのに七歳の子どもに突きつけられたのは、人間の本質だった。
見世物としてコングを鎖につないだのは誰か。
空の上から撃ちまくったのは誰か。
コングと人間、本当に心を持っていたのはどちらだったのか。
悪いのは、人間のほうだ。
あの夜、初めて映画を観て泣いた。
もうひとつ、記憶に焼きついたものがある。
コングの手の中で、何度も悲鳴を上げて気絶する金髪の美しい女優の姿だ。
当時の映画で、女の悲鳴は娯楽だった。
見世物にされていたのは、コングだけではなかったのかもしれない。
もちろん、七歳でそこまで気づけるはずもなかった。
ゴミ箱の中のカーネーション
小学生の頃は、商店街の雑貨店でプレゼントを探すのが好きだった。
友だちや家族の誕生日のたびに通うものだから、店の人には「いつも誰かの贈り物を買いに来る子」と覚えられていた。
母の日のプレゼントは、小学四年生から買い始めた。
初めてのプレゼントは、カーネーションと財布にした。
祖母にもらった小遣いを、こつこつ貯めて買ったものだ。
「こっちのデザインの方が好きそうだ」
相手の好みを考えながら、予想外のものを贈って喜ばせたい。
そんなプレゼントを選ぶ時間が好きだった。
母はその日、機嫌が悪かったのだろう。
プレゼントを手渡した瞬間、「こんなものいるか!」と叫んで、ゴミ箱に捨てた。
そのとき、驚いて立ち尽くすという経験を人生で初めてした。
あまりに突然のことで、何が起こったのか理解できない。
ただ現象として、目の前のゴミ箱に捨てられた財布とカーネーションが存在している。
「財布が好みじゃなかったのかな?」とも思った。
でも待てよ、だったら「ありがとう」と受け取りつつ、使わなければ良い。
「ああ、なるほど。私は嫌われてるんだ」
十歳の頭でそう悟った。同時に理解した。
この人は、母親としては機能しない。
その日から母は、「注意しなければいけない人物」になった。
弟のことは気にかけている様子だったから、妹は私が気をつけて見ていようと決めた。
先に言っておきたい。母のことが大好きだった。
だけど知ってしまったのだ。母親から子への愛は、平等ではないし、当然の権利ではないのだと。
『スリー・ビルボード』という映画がある。
主人公のミルドレッドは、私の母親と同じような暴言を吐いている。
車を貸してくれという娘と口論の末、「おまえなんか殺されてもいい」という趣旨の暴言を吐いてしまう。
不幸なことに、まさにその日に娘は事件に巻き込まれて殺害される。
自責に駆られたミルドレッドは、町外れの三枚の看板(スリー・ビルボード)に広告を出す。
「娘はレイプされて焼き殺された」
「いまだに犯人は捕まらない」
「なぜ?ウィロビー署長」
フランシス・マクドーマンド演じるミルドレッドの怒りは、鑑賞者の心に突き刺さってくる。
捜査の進まない警察への怒り。そして、最後に暴言を吐いてしまった自分自身への怒り。不器用な彼女はその怒りを、人格者の署長にも、元夫にも、八つ当たりのようにぶつけてしまう。
娘を悼み、悔やみ、怒りで自分を焼きながら、看板を立てることしかできない母親。
ミルドレッドの怒りが他人事とは思えなかった。
母は、あの日、十歳の娘に吐いた言葉を悔やんだだろうか。
もはや知る由もない。2019年に亡くなってしまったから。
痩せた大根と、涙の誓い
『風と共に去りぬ』を初めて観たのは中学生の頃、お正月の深夜放送だった。にぎやかなはずの正月に、深夜のテレビの前に座り、朝方まで鑑賞した。
前後編で222分ある大作なのに、何度も繰り返し観た。自分史上、いちばんリピートしている大好きな映画だ。
なぜあれほど、主人公のスカーレット・オハラに惹かれたのか。
彼女は華やかな美貌を持ち、欲しいものはすべて手に入れたい女だ。外見は可憐だが、中身は図太くてずる賢い。そこが好きだった。
スカーレットは、戦争が自分の運命を狂わせても、泣き寝入りをしない。
女は良き妻・母であることが幸せとされた時代に、彼女は家と土地を守るため、あらゆる手を使って金を稼ごうとする異端児だ。嘘もつく。美貌を利用し、人を騙す。それでも前へ進む。
心を震わせたのは、前編のラストの場面。
アメリカ南部の大農園の令嬢だったスカーレットが、戦火にすべてを焼かれ、焼け落ちた故郷タラの畑で、土から掘り出した痩せた大根を貪り食う。
そして、神に誓う。
「私は二度と飢えない。家族も飢えさせない。そのためなら、盗みでも騙しでも、人殺しでも、何でもやる。」
中学生の胸に、このシーンはまっすぐ刺さった。
当時は、祖父母と暮らしていた。親はいるが、事情があってそばにはいない。
長女だから、親がやるはずのことを担っていた。だから、わかってしまったのだ。
守るものがある女は、覚悟を決めなければならない。
家族を守るために頑張ろう。
スカーレットの誓いは、中学生の私の誓いになった。
そしてこの涙の誓いが、長く実家に縛り付ける原因になるとは、そのときは、まだ知らなかった。
「女って怖いですねぇ」と淀川さんは言ったけれど
「サヨナラ、サヨナラ、サヨナラ」
日曜の夜は、いつもこの挨拶で終わった。
キングコングの夜以来、日曜洋画劇場を毎週観るようになった。
映画の前後にある淀川長治さんの解説が、とにかく楽しみだった。
淀川長治さんは1909年(明治42年)生まれ。映画の草創期からスクリーンを観てきた、生き字引のような人だ。
番組では明らかに淀川さんの好みであろう白黒映画も度々放送していた。
その中で忘れられない解説がある。ドイツ映画『嘆きの天使』である。
堅物の老教師が、キャバレーの歌姫ローラに恋をして、人生を狂わされていく物語。
淀川さんは解説の際に何度も魔性の女ローラに言及していた。
「女って、怖いですねぇ、恐ろしいですねぇ」
その言葉がものすごく印象に残っていた。
映画と再会したのは英語の専門学校に通っていた二十歳のとき。
レンタルビデオ店で『嘆きの天使』を発見した。
「これ、淀川さんが言っていたあの怖い女の話だ」と思い出し、その女を、自分の目で確かめてやろうと思ったのだ。
ところが。
観終わったあと、拍子抜けしていた。
ローラは、淀川さんが言うような恐ろしい女だとは、全然思わなかったのである。
マレーネ・ディートリッヒが演じる踊り子のローラは、美しい脚を客に見せつけながら堂々と歌う。
自分の魅力を知り、自分の稼ぎで生き、男に人生を預けない。
怖いどころか、強くてたくましい。
カッコイイ女。少なくとも私の目には、そう映った。
淀川さんの言う女性像と、全然違うじゃん。
そのとき知ったのだ。映画は、観る人によって受け取り方が違う。
批評家の解説が絶対に正しいというわけではない。
敬愛する案内人の言葉より、自分の感じ方を受け入れてもいいんだ。
七歳で映画に引き入れてくれたのは淀川さんだった。そして二十歳の私を「自分の目で映画を観る人」にしてくれたのも、淀川長治さんだった。
ヒーローは、ふくよかな老婦人
1980年代、テレビではたくさんの映画が放送されていた。日曜洋画劇場以外にも各局に映画放送の枠があり、すべて網羅する勢いで楽しみにしていた。
そのいずれかの放送枠で観た『ポセイドン・アドベンチャー』の話をしたい。
大晦日の夜、津波で転覆した豪華客船。生き残った乗客たちが、逆さまになった船の中を進み、船底へ、つまり上へ向かって脱出していくパニックムービーだ。
乗客には子どももいて、自分があの場にいたらと、ハラハラしながら観た。
ジーン・ハックマン演じる牧師がリーダーとなって進むのだが、分かれ道のたびに決断を迫られる。リーダーというのは大変だと、子どもながらに思った。
そして、あの場面が来る。
一行の行く手が、水没していた。誰かが潜って、命綱のロープを向こう側へ通さなければならない。距離は10メートル、息を止めるのはせいぜい30秒だという。
牧師が先陣を切って潜る。ところが瓦礫の漂う水中で鉄の扉に挟まれて立ち往生してしまう。助けに行くべきかと一行が迷うなか、手を挙げたのは、老婦人だった。
ベル・ローゼン。ふくよかな体の、どこにでもいそうなマダムだ。
しかし彼女は言う。
「若い頃、潜水のチャンピオンだったのよ。この中で可能性があるのは、私だけ。」
「やめなよ、無理だよ!」テレビの前で思わずつぶやいた。
泳げるはずがないと、だれもが思うシーンだ。
だが、彼女はやり遂げた。
若くもなく、細くもなく、俊敏にも見えない体が、みんなの命をつなぐ道を作った。
五十代になると、あの場面は自分ごととして迫ってくる。
階段の昇り降りで、重い荷物運びで、徹夜明けの朝に、「かつてはできた」との距離を、日々測りながら生きているから。
ベル・ローゼンの勇気とは、できる確証がないまま、覚悟を決めて手を挙げたことだ。
若さを失った体には、チャンピオンだった時間が、ちゃんと蓄えられていた。生きてきた時間は、消えない。ふくよかになった背中にも、腹にも、二の腕にも宿っている。
こういうマダムになりたい。
小学生のころの憧れは、五十代の今、本物の覚悟に変わっている。
野球は男子のスポーツですか?
子供時代、運動神経がよかった。だから、好きなだけ暴れまわれる小学校の体育の時間は天国だった。野球もサッカーも得意で、男子に混ざっても負けなかった。男子と遊ぶ。それが日常だった。
そんなある日、同学年の女子に言われた。
「男子とばかり遊んでるよね」。
近所のだれの母親か分からない人からも、「女の子なんだから女の子と遊びなさい」と言われた。
何が悪いのか、さっぱりわからなかった。
その頃、初めて知ったのだ。
「女の子らしくない」という決めつけが、この世にあることを。
ただ野球がしたかっただけなのに。
女子が野球で遊んでくれるならそれでいい。でも女子を野球に誘っても断られる。
気にせず男子と遊び続ければよかったのだが、その度量はなかった。
女子とは話が合わず、だんだん友達がいなくなって、週三日、ひとりで図書館に通う子どもになった。
それから十五年ほど経って観たのが、『プリティ・リーグ』だった。
第二次大戦中のアメリカで、男たちが戦場に行き、メジャーリーグが開催できなくなる。その穴を埋めるために創設された女子プロ野球リーグの物語である。
彼女たちは才能あるアスリートなのに、スカートのユニフォームを着せられ、「女らしさ」の講習を受けさせられる。それでも泥だらけになって、白球を追った。
この映画を鑑賞しながら、野球が大好きだったあの頃の自分が少し救われた気がした。
男子と野球ができくなった八歳の憤りは、私ひとりの小さな不運ではなかった。戦時中から、いや、もっとずっと前から続く、女たちの憤りだったのだ。
あのとき校庭で野球を奪われたあの悔しさを知っている人がいる。
仲間の存在を知るというのは、とても心強いものだ。
足りないのは、彼女のような図々しさ
高校生になると、地上波放送だけでは物足りず、週に五本ペースで映画を観ていた。当時はまだTSUTAYAもなかった。レンタルビデオ店でVHSを借りては返し、借りては返した。
1980年代のリアルタイムで、『レイダース/失われたアーク《聖櫃》』も『グーニーズ』も『スタンド・バイ・ミー 』も夢中で観たが、淀川長治さんに導かれた目は、白黒のオールドムービーやアカデミー作品賞の受賞作にも向かっていた。
その頃出会った一本が、『イヴのすべて』だった。
ベティ・デイヴィスが演じる大女優マーゴ・チャニングのもとに、イヴという若い女が現れる。戦争で夫を亡くした、健気で控えめな崇拝者。
同情から付き人にしてもらった彼女が、気がつけばマーゴの女優としての地位と名声をかっさらっていく。
観終わって、思った。
女って、怖いですねぇ、恐ろしいですねぇ。
人を蹴落としてでも這い上がろうとするその顔には、たおやかな微笑みをたたえている。
高校生の純粋な心に、イヴという女の生き様は強烈だった。
そして気づく。このイヴのような姿勢が、私には足りない。
家族を守るために頑張ると誓った長女には、自分のためだけに生きる貪欲さが、決定的に欠けていた。もし、イヴの何分の一かの図々しさを持てたら、もっと早く実家の呪縛から抜け出せたかもしれない。
ちなみにこの映画には、駆け出しのマリリン・モンローがちょい役の新人女優として映っている。のちに時代のヒロインとなる女が、誰かの背景にいる。映画とは、そういう過程の時間までフィルムに刻んでいる。
FBI捜査官にはなれない。私は雑草である。
1992年、社会に出た。男女雇用機会均等法ができて数年、英語専門学校卒の女に開いている扉は、一般職だけだった。
祖父に学費を出してもらい進学したので、英語の専門学校では必死に勉強した。無返済の奨学金もいただき、首席で卒業した。それでも、大学に行けなかったというコンプレックスは残った。
母親を警戒し、家を守ることに心を使いすぎて、自分の人生を設計する余裕がなかったのだと思う。
就職にも踏み切れず、アルバイトで資金を貯めて留学する道を選んだ。目的のように聞こえるが、人生から逃げていた。
その年に観たのが、『羊たちの沈黙』である。
主人公は、クラリス・スターリング。FBIアカデミーの訓練生。男だらけの世界で女性はまだ少ない。彼女は、値踏みする視線に囲まれながら、猟奇殺人事件に食らいついていく。
憧れた。
同い年くらいの女性が、男社会を実力で歩いている。
そして、嫉妬もした。
クラリスはエリートだ。狭き門を抜けてFBIアカデミーに入学し、学生でありながら本捜査に抜擢される。
彼女と私は、別世界の住人だった。
私は雑草だ。エリートにはなれない。
それでも、雑草には雑草の根の張り方がある。
二十一歳、そう自分に言い聞かせながら、社会人のスタート地点に立った
パスポートがなくても、飛べた
専門学校を出て、書店でアルバイトを始めた。就職しなかったのは、まだ勉強したいという建前と、逃げという本音の半々である。お金を貯めて、なんとなく留学しようと思っていた。
バイト先には同年代が多く、働くのは楽しかった。
ただ、根が逃げの人間なので、深い付き合いはできない。
「今度みんなでどこか行こうよ」と誘われても、断ってしまう。
けれど実家暮らしで働いた結果、一年半で通帳には120万円が貯まっていた。
しかし、外国の大学に入るには、額が足りない。三か月の語学留学なら、なんとか行けたかもしれない。行けばよかったのだ。当時は留学ブームで、道はいくらでもあった。
けれど、ここでも逃げた。
「お前の父親には借金があるから、パスポートが取れないよ」
母の、その一言を信じてしまった。
今ならわかる。親の借金と娘のパスポートには、何の関係もない。
母はたぶん、子どもが外の世界へ飛び立つのを、快く思っていなかった。
「お前だけ幸せにはさせない」という呪いのような圧力があの家にはあった。
十歳の頃、家を守らなくちゃと思ったときから、実家に縛られている。
そういう人間は、行けない理由だけを並べて、留学をあきらめるのだ。
書店のアルバイトはすでに「留学する」といって辞めていたので、完全に行き止まりだ。
そこから二年間、引きこもり生活がスタートする。
引きこもりといっても、外には出られる。
けれど無職なので後ろめたさがあり、人と会いたくない。
昼夜逆転の生活。お昼ごろに起きて、通うのはレンタルビデオ店と図書館だけ。世間的には、立派な引きこもりだった。
その八方塞がりの空気の中で観たのが、『テルマ&ルイーズ』だ。
平凡な主婦テルマと、ウェイトレスのルイーズ。週末の小さな旅行のはずが、事件をきっかけに、二人は「いい妻」「いい女」の人生から降りて暴走する。
オープンカーで荒野を飛ばす二人は、恐ろしいほど自由だった。
観終わって、静かに確信していた。
走り出すのに、パスポートは要らない。
ちょうどその頃、妹の就職が決まった。十歳から続いた見守りは、そこで任務を終えた。
テルマとルイーズに背中を押されて、私は動いた。
ずっと行きたかった岩手県のペンションの住み込みアルバイトに応募してみた。子どもの頃、図書館で読んだ『銀河鉄道の夜』の世界。宮沢賢治の作った理想郷でもあるイーハトーブで暮らしてみたい。
外国には行けなかったけれど、日本国内だったら行けそうだ。
初めて、実家の外へ飛び出したのだ。
五十代、マダムとして生きる覚悟
映画がなければ、人生はどうなっていただろう。
十歳で母が「注意すべき人」になったとき、引きこもりになり飛び立てずに足踏みしていたとき、いつも映画が心の支えになり、気づかせ、情熱の種をくれた。
七歳から映画を見始め、気づけば4000本近くを鑑賞してきた。
まだまだ書けていない映画がある。言葉にできていない人生がある。
十五歳で『天空の城ラピュタ』を観たとき、「シータのようになりたい」と憧れた自分の人生は、まったく別のものになった。
ただ、しあわせな瞬間もあった。
三十一歳のとき、結婚することになった。
念のため、夫になる人に確認した。
「ラピュタのパズーと同じことができる?」
要塞の塔でロボット兵が暴れ出し、混乱の中、パズーがドーラのフラップターから身を乗り出してシータを救い出すあの場面のことである。
「できる!」
夫は答えた。あの元気のよい返事は、一生忘れない。
さて、冒頭に書いた通り五十代になり、ようやくドーラになれた。
自分の船であるこの体と、人生の歴史を持っている。
もう誰にも自分のハンドルは渡さない。
仲間は、少ないがいる。そして隣には、あの「できる!」の夫がいる。
欲しいものは欲しいと言えるようになった。
天職と言えるライターの仕事にも出会った。
ペン一本で、世界を渡り歩く準備はできている。
ちなみに、結婚記念日も誕生日も、イベントを祝う習慣はまだ続いている。
十歳のあの日、ゴミ箱に捨てられた「贈る喜び」は、奪われなかった。
そして今では、夫と立場が逆になっても大丈夫だ。
塔に囚われるのが夫なら、今度は私がフラップターを飛ばして、かっさらいに行ける。
十六歳の写真の私へ。
あなたはこれから、ずいぶん遠回りをする。でも安心してほしい。あなたは4000本の映画を観て、いい船長になる。
七歳の夜に観た『キングコング』では、女優は悲鳴をあげ続けていた。
けれど映画も徐々に変わってきた。スカーレットは物語の主役の座を奪い、テルマとルイーズは、まさに車のハンドルを握り、自由の世界へ飛び立つ。ミルドレッドは、悲鳴の代わりに看板を立てて世界に叫んだ。
90年かけて、女は悲鳴を上げる側から、物語を動かす側になった。
4000本を観てきた歳月は、映画の中の女たちが、声を取り戻していく歳月でもあったのだ。
まだ書けていない映画が、3990本ある。
『エイリアン』のリプリーのこと、『ターミネーター』のサラ・コナーのこと。たくましくてカッコイイ女は、まだたくさんいる。
かつて淀川長治さんに教えてもらったように、今度は私が洋画の面白さを伝えていきたい。
これが船長になった私の夢だ。
断言しよう。
シータは、ドーラになる。
そしてそれが、最高のハッピーエンドなのだ。
本文に登場した映画
『キングコング』(1933)/『嘆きの天使』(1930)/『ポセイドン・アドベンチャー』(1972)/『風と共に去りぬ』(1939)/『イヴのすべて』(1950)/『羊たちの沈黙』(1991)/『テルマ&ルイーズ』(1991)/『プリティ・リーグ』(1992)/『スリー・ビルボード』(2017)/『天空の城ラピュタ』(1986)
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